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「えっ…考えるって何を?」「なんで運動を?」女流棋士・渡部愛を初タイトルに導いた現役棋士による強化法<1日15時間考えることも>
posted2022/01/20 17:01
text by
いしかわごうGo Ishikawa
photograph by
Yuki Suenaga
野月浩貴八段による「渡部愛強化カリキュラム」は、従来の勉強法とはまるで違うものだった。
それまで渡部が重視していたのは「研究会」と呼ばれる棋士同士の練習対局で実戦感覚を磨くもので、自宅では棋譜並べや詰将棋、対戦相手の下調べを中心に行っていた。だが、野月はその真逆とも言えるアプローチで渡部を鍛えた。
何局も指すのではなく、感想戦をじっくりと行う。一局の将棋をとことん掘り下げて、考える力を養うものだった。それまで研究会重視だった渡部は「今、考えると、当時は自宅でやる勉強時間が少なすぎました」と反省の言葉を述べる。
「研究会で将棋を指すこと自体は大事ですが、将棋を指して終わりになっていたのだと思います。その一局からどれだけ課題を見つけ出せるか。自宅に帰ってから、何時間もかけて考えないといけませんでした。ただ将棋を指して終わっただけでは意味がないのですが、そんなこともわかっていなかったんです」
一つの局面の変化をより細かく区切り、深く探る
初期のころの特訓は月に1、2回。そこから時間が経つごとに増えていった。タイトル戦に出る直前、最大時は月に100時間弱に及んだという。
自宅のパソコンで将棋の同じ局面を共有し、音声を繋ぎながら画面を見て、野月から「ここから読み進めて考えてみて」と伝えられた。
「えっ……考えるって何を? 思いつく手は、一つしかないんですけど……」と戸惑う渡部に、「たくさんあるよ。盤面を広くみてね」とじっと考えさせる。
例えばある場面で選択肢がAとBしかないときは、「AとBと同じぐらいの価値で、あと3つぐらいないの?」と問いかける。何とか頑張ってCとDとEを探して、選択肢を5個にさせる。A、B、C、D、Eの選択肢が揃ったら、さらにそこから分岐して、枝葉を広げさせる。
そうやって一つの局面の変化をより細かく区切り、深く探っていく訓練をしていった。駒を動かして指すのではなく、指さずに考えさせるのも徹底させる。あくまで自分で考えさせるのが野月の指導だった。
野月はこのように語っている。
「個人的見解ですが、一般的に当時の渡部さんのレベルだと、苦手なのは、遥か先の局面を頭の中で延々と考えることだと思ってます。変化が枝分かれしながら、30手先を考えていく。それをパソコン画面の前でやっているのですが、15手ぐらいでこんがらがって、持ち駒が足りなかったとかはよくありました。途中で分からなくなったら、『元の局面を見て、そこから一手ずつ進めていきなさい』と、とにかく頭の中で考えさせましたね。(渡部に対して)考えるクセをつけさせました」