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[ゴールデンカード伝説の一手]羽生善治×谷川浩司「盤上に美はありや」
posted2022/01/21 07:04
text by
後藤正治Masaharu Goto
photograph by
Masaru Tsurumaki
王将位を奪われ、羽生に七冠を許した谷川は半年後の竜王戦で再び羽生と相まみえる。迎えた第2局、終盤で飛び出した桂打は、彼の棋士人生で最も美しい手となった。
王将戦で、羽生善治が谷川浩司を下し、初の七冠となったのは1996年2月のこと。谷川は無冠となった。
プロは勝敗もさることながら内容を問題とする。「羽生さんにもファンの方たちにも申し訳ない将棋を指してしまいました」――対局後の谷川の談話として残っている。
盤上での“過激さ”とは異なり、谷川はもの静かな棋士である。彼らしい談話ではあるが、後日、こうも語った。
「辛い屈辱のときでありましたが、他の棋士ではなく、眼の前で羽生さんに敗れてよかったとも思いました。もう一度技量を磨いて再挑戦したい。それでダメなら仕方ないんだと。振り返っていえばですが……」
もちろん、谷川も人の子だ。気鬱な月日が続いたが、夏、山形・天童の将棋祭に招かれ、子供たち相手に駒落ちの「多面指し」をしたことがひとつの転機となった。
会場は野外。子供たちが汗をたらして懸命に考えている。その姿は自身の遠い日を思い起こさせた。
大好きな将棋をはやく指したい。小学生のころ、兄・俊昭の帰宅を待ちわびて、駒を並べて待っていたものだ。自宅は神戸・須磨区にある浄土真宗系の小さなお寺である。後年、兄は東大将棋部からメーカーに就職し、アマ強豪として活躍した。
やがて谷川は奨励会に入り、棋士となる。険しい、苦しみの伴う道のりであったが、それでも将棋はずっと好きな対象だった。だったら、ただいい将棋を指すことを目指してがんばればいい……。