セリエA ダイレクト・レポートBACK NUMBER
「おまえの監督レベルはセリエCだ!」 ザックの愛読ベストセラー小説でも描かれた“イタリアの熱くて幸せなバール文化”とは
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph byTakashi Yuge
posted2021/12/28 17:01
カルチョの国に欠かすことのできないバール。月曜の朝は週末の試合結果の話題で賑わう
老いた店主は、村から出たイタリア代表FWをそれはもう誇らしそうに語った。店に居合わせた常連客たちも、子供の頃あそこの道端でボールを蹴っているのをよく見たとか、誰それが小学校の先生だったらしいぞとか、おらが村のヒーローの思い出を口々に語ってくれた。
郷土のバールは、いわば“後援会”だった。セリエA、いやイタリア中のプロ選手一人ひとりの地元には、きっとそれぞれに後援会的な一軒があるにちがいないと思う。
架空のバールを舞台にした小説はザックの愛読書
1976年、ボローニャ出身の現代作家ステファノ・ベンニが小説『BAR SPORT』を発表した。
架空のバールを舞台に、現代イタリアの日常を皮肉たっぷりに描いたユーモア小説は、たちまちベストセラーになり、2011年には映画化された。ザッケローニ元日本代表監督も愛読書のひとつにあげるほど、イタリアでは名の知れた1冊だ。
生憎、日本語には翻訳されていないようだが、同著によれば「老いも若きも、バールに居座る常連客たちにとって最も重要な日、それはイタリア代表の試合日である。それぞれが勝手に選んだ先発メンバーを、我こそ正しいと激論を交わすからだ」
論争のまとめ役は“教授”と呼ばれる古株客。彼が勿体ぶって選んだイレブンに一同一度はうなずくも、「膝の故障で招集外のサイドバックが入ってる」というツッコミにより、知ったかぶりがバレてしまう。
“教授”は逆ギレし、悔し紛れに「バールにおける最大級の侮蔑語」(同著)を吐くのだ。
「……おまえの監督レベルはセリエCだ!」
まったく子供じみた言い草には失笑するしかない。だが、本に著された“イタリアあるある”エピソードの数々は、時代を超えて今も共感することが多い。97年には続編も発表された。
無数のトト・カルチョ投票券が破り捨てられて……
僕がイタリアに暮らすようになった2000年代のはじめは、試合中継のストリーム配信どころかCS放送も一般家庭には普及していなかった。週末の夜は、フィレンツェのアルノ川のほとりにある、ちょっと風変わりなバールに、ユベンティーノとミラニスタのルームメイト2人と通った。
5ユーロを払うと、パニーノをひとつ渡され、別室の小ホールに通された。暗幕に覆われた部屋では、大型プロジェクターに週末注目の試合中継が映し出されている。
普通のパブリック・ビューイングと異なっていたのは、暗闇でいかつい男どもが「ウオー!」と歓声を上げたり「今のはPKだろ!」とがなり立てたりするところだろう。試合後、ホールの床に無数のトト・カルチョ投票券が破り捨てられているのも常だった。