オリンピックへの道BACK NUMBER
「阿部詩の練習は120%」「渡名喜にかけた言葉は…」東京五輪で躍進、柔道女子代表を支えた福見コーチが語った“知られざる舞台裏”
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byShino Seki
posted2021/12/07 17:01
東京五輪では阿部詩、渡名喜風南らの指導を行った、柔道女子日本代表コーチの福見友子氏
マークされることも想定していた。
「これまでは試合開始10秒、15秒できれいに投げていたりしたけれど、そういう戦いにならないと分かった上で準備をしました。実際、大会ではそうなりました」
これらは準備してきたことの一つに過ぎない。丁寧に大会に向けて準備したのは東京五輪へのナショナルチームのあり方にあるという。
「例えばふだんの国際大会からライバル選手たちへの対策であったり、どう勝つかというアプローチを行なってきました」
対策を練る――ごく普通に聞こえる言葉は、だが次の話で異なる彩りを帯びる。
「選手はどうしても勝つイメージでいるので…」
選手とコーチ、立場を違えて経験した2つのオリンピックを、福見は「ぜんぜん違うんじゃないんですか」と振り返る。それはナショナルチームとしてのスタンスの違いだ。
「自分自身を高めて、追い込んで、やりきれば負けるはずがない、というのがロンドンでした」
努力は尊い。ただ、対人競技である以上、相手を知らずして勝負することは困難を極める。
「ロンドンのときは『何と戦っていたのか』という気がします。オリンピックを目指してやっていたのにオリンピックは本当に見えていたのか。目の前の相手にどれだけ勝つ準備ができていたのか。自分自身と戦い過ぎたところがあったかもしれない、そう考えることもあります。自分を高めることはいちばん苦しいことであって、もちろんやらないといけないことかもしれないですが」
ロンドンに福見コーチがいたら? と問いかけると笑顔で答えた。
「自分に対して? 『目の前の相手にどう勝つの?』と聞きます。当時なら『気合で勝ちます』と答えが返ってきたかもしれないけれど、『じゃあ、こう来たらどうするの?』という具合に投げかけていたかなと思います」
そこに、相手をどこまで見据えていたかの濃淡がうかがえる。
渡名喜と阿部への指導には、チームとしてのスタンスに加え、福見の経験と、それへの深い内省も加味された。
「(自身の)オリンピックの経験がいきている点と言えば、準備の段階から何が起きても動じないように備えることでしょうか。例えば詩に関して言えば、失礼かもしれないけれどお兄さん(阿部一二三。詩の52kg級と同日の66kg級に出場)が途中で負けるかもしれない、あるいはそれ以前にオリンピックの代表に選ばれないかもしれない。そういう状況でもどう勝ちに行くか。試合中に怪我をして、でもどう勝つの? と最悪の状況をイメージしながら準備してきました。選手はどうしても勝つイメージでいるので」