Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
《祝27歳》応援団長・松岡修造が語る“羽生結弦の10年”「誰よりも苦しんでいるはず」「勝負師気質は上杉謙信とも重なる」
posted2021/12/07 06:00
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph by
AFLO
昨年(2020年12月)の全日本選手権を見て、素直にこれは「羽生プログラム」だと思いました。新しい羽根が生えた感じというのでしょうか。今までと違う羽生さんに見えたのです。僕自身も彼の心の中を共有している感覚がありました。
それを強く感じたのは、フリーの『天と地と』です。これは彼が自分と向き合うために作り上げたプログラムだと思います。終わってみれば戦場、すなわち氷の上には上杉謙信と羽生さんが一緒に立っていて、完全に結弦ゾーンに入っていました。
良く知られているように、上杉謙信は戦国時代最強と言われる「戦(いくさ)の人」でありながら、敵に塩を送ったエピソードが示す通り「義の武将」でもあります。我が身よりも他人のために尽くす“義”を大事にしてきた上杉に、僕は今回(同全日本選手権)の羽生さんが重なって見えたのです。彼は自分のためだけでなく周りのために演技をしていた。そこに一番感銘を受けました。
金メダル獲得のステップとして全日本があった
加えて、こう言うと羽生さんに失礼かもしれないですけど、今回は調子が良かったわけではないと思うのです。ただ、コロナ禍でしたい練習ができず、あれほど得意なトリプルアクセルさえ跳べなくなって自分を見失うという、たぶん初めてのことまで経験した。今回は新しいジャンプはなかったわけですが、昔の羽生さんだったら新しい挑戦をしないと嫌だったに違いありません。でも、良い時も悪い時も経験してきたことで、今の自分を受け入れることができた。そこを強く感じました。
もちろん、全日本に出る決断をした背景には、北京五輪プレシーズンだから、という考えもあると思います。羽生さんが考えているポイントは、“対ネイサン・チェン選手”です。チェン選手に勝つには何が必要か。4回転アクセルで勝負するのかどうかも含めて、羽生さんは色々なことを考えているはずです。僕の考えでは、羽生さんは金メダルを狙わないのなら北京五輪には出ないのではないかと思います。だから、金メダルを獲るための一つのステップとして全日本があったのだと思います。