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甲子園4強から茨の道に…大学不合格、3度のクラスター、監督解任、試練を乗り越えた中部学院大の主将「感謝でいっぱい」
text by
高木遊Yu Takagi
photograph byYu Takagi
posted2021/11/26 17:01
明治神宮大会に出場した中部学院大の主将・廣部就平。活動ができない時期を乗り越え、大舞台にたどり着いた
今季は主将という重責に加え、中学時代以来となる捕手にも挑戦。悪戦苦闘しながらも必死に取り組んできた。
その姿を近くで見守ってきたのが、中部学院大の外部コーチを務める福田功氏だ。元中日捕手で、横浜のコーチ時代には相川亮二の成長にひと役買った人物である。
廣部は福田氏に食らいつくように指導を請うた。「キャッチングやスローイングをイチから教えてもらいました。走塁についても今まで気づかなかったことを当たり前のように教えてくださりました」と目から鱗が落ちることばかりだった。
福田氏とキャッチボールを重ねる中で、特にスローイングの重要性を学んだ。68歳の福田氏だが廣部に投げ返してくる球は全て胸の位置。そのコツを惜しげもなく教えてもらった。
グラウンドを離れても、福田氏に毎日「本日はありがとうございました。明日のスケジュールはこのような内容になっています」という旨の連絡を欠かさず、福田氏が来られない時には自らプレー動画を送り、助言を請うことも頻繁にあったという。
「黙々とやれることをきっちりやる。苦労を苦労と思わず当たり前のようにやることができるのが彼の良さです」
そう話す福田氏は「野球の神様が勝たせてくれたんでしょう」と、廣部の明治神宮大会出場を心の底から喜んでいた。
社会人野球の舞台で目指す「日本一」
明治神宮大会では原監督の復帰は叶わなかった。チームはコールド負けを喫し、自身もパスボールを記録するなど悔しい思いを味わった。しかし廣部はスタンドへの挨拶でも試合後の取材でも毅然とし、主将としての役割を最後まで全うした。
卒業後は東海地区の大手企業の強豪野球部に進む予定だ。4年前にまさかの不合格から始まった岐阜での学生生活も充実の日々だったと振り返る。
「本当に中部学院大に来て良かったです。授業を終えたら、どれだけでも練習ができる環境がありましたし、4年間通して原監督に4番打者として起用してもらいました。力不足を痛感する時もありましたが、さまざまな指導をしていただき野球に向き合うことで選手としても人間としても成長することができました」
何度も理不尽とも言うべき試練を与えられた4年間だったが、決してめげることはなかった。この経験はさらにレベルの上がる社会人野球の舞台でも、きっと生かされるだろう。
そして、いつの日か野球の神様が微笑む「日本一」の瞬間を目指し、これからも貪欲に白球を追いかけていく。