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なぜ「指導は軍隊式だし選手を平気で殴る」トルシエが日本代表監督に?《ベンゲルにフラれた後》の知られざる候補と就任の真相 

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田村修一

田村修一Shuichi Tamura

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photograph byKazuaki Nishiyama

posted2021/11/10 11:05

なぜ「指導は軍隊式だし選手を平気で殴る」トルシエが日本代表監督に?《ベンゲルにフラれた後》の知られざる候補と就任の真相<Number Web> photograph by Kazuaki Nishiyama

2002年W杯で日本をベスト16に導いたトルシエ。エキセントリックな言動でも注目された

「私が推薦したわけではない。しかし日本協会から尋ねられたのでコメントしたのは事実だ。フィリップとは10数年来の友人で、能力の高さはよくわかっている。経歴も申し分なく、アフリカでは代表でもクラブチームでも、あらゆることをやり尽くした。彼が(日本代表監督に)就任すれば、日本にも大きなプラスになるだろう」

ベンゲル「あいつはバズーカだから(笑)」

 ただ、ベンゲルにしても、トルシエが日本にとって「バズーカ砲」――後にトルシエが日本協会やメディアともめたときの事情を説明すると、ベンゲルは「あいつはバズーカだから」と言って笑いを浮かべた――にもなるであろうことは、このときは黙っていた。日本のように、開けているようでいて外部から隔絶されている世界では、ときにバズーカの刺激も必要とベンゲルが考えてもおかしくはなかった。

「指導は軍隊式だし選手を平気で殴るぞ。どうして日本は彼を監督にしたんだ?」

 何人ものフランス人記者から同じことを言われたが、私にも答えようがない。彼らからすれば、トルシエこそは「アフリカに君臨する暴君」であった。奇想天外なエピソードの5つや6つはあっという間にあげられる。

 たしかにトルシエは、チームを強くはする。ASECアビジャンを率いたコートジボワールでは4年間国内無敗。ナイジェリアではスーパーイーグルス(ナイジェリア代表の愛称)をW杯出場に導き、ブルキナファソ(以下ブルキナ)ではアフリカ全52カ国中48位の弱小チームであったレズエタロン(ブルキナ代表の愛称)を、アフリカ・ネーションズカップでベスト4に進出するまでに躍進させた。

「白い呪術師」(トルシエの愛称)は、どこでも結果を残す。しかしどこでも軋轢を生む。大統領を凌ぐほどの人気を得たブルキナでも、アフリカ・ネーションズカップがはじまるまではプレスの批判を浴び続け、協会ともしばしば対立した。それもわずか5カ月の滞在期間中にである。

 日本で得たニックネームは「赤鬼」だった。練習中に選手を怒鳴る、小突く、体当たりを食らわせる。感情の抑制が利かずに、すぐに顔を真っ赤にして選手やスタッフ、メディアに当たり散らす。その姿がまるで赤鬼――実際には日本人といえども、誰も本物の赤鬼を見たことはないが――のようであることからついたニックネームであった。

中田英寿「フランス人はみんなトルシエみたいなんですか?」

「フランス人はみんなトルシエみたいなんですか?」

 日本がフランスに0対5の大敗を喫したスタッド・ド・フランスでの試合(2001年3月24日)の際に、中田英寿がジャンフィリップ・コワント(レキップ紙)に尋ねた質問である。

 もちろん答えは「ノン(否)」で、トルシエのような人間はフランスでも規格外である。今は角が取れて性格もずいぶん穏やかになったが、当時のトルシエのエキセントリックさはフランスでも突出していた。だが、日本ではそこまではなかなかわからない。例えば私も、2013年のコンフェデレーションズカップでブラジルに2週間滞在するまでは、ブラジル人は誰もがセルジオ越後やラモス瑠偉のようにアグレッシブで攻撃的なのだろうとずっと思っていた。それほどふたりのインパクトは強烈で、トルシエに対しても同じことを感じる日本人がいても決して不思議ではなかった。

 規格外の性格と情熱がどこから来ているのか、何に起因するのかは、トルシエ本人にも恐らくわからないだろう。ただ、彼は、それがフランスでは容易に受け入れられないことを本能的に感じていた。だからこそアフリカに新天地を求め、さまざまな制約(金銭的な制約や政治圧力、手段の欠如や非合理性)にもいっさい妥協せず、エゴイスティックなまでに自分を貫き通した。

「経済力がアメリカに次ぐ世界第2位(当時)」の日本には、アフリカが抱える問題はほとんど存在しない。来日したばかりのころ彼は、W杯という「野心に満ちたプロジェクト」を遂行する「使命」が自分に与えられたと何度も繰り返した。日韓W杯を4年後に控えた日本は、トルシエにとって自らの能力を存分に発揮し野心を実現する格好の舞台だった。

【次ページ】 「日本人に対してシビアで、軽蔑しているようにさえ見える」

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