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「今年もこの2頭か…」からの衝撃 “絶対王者”テイエムオペラオーを“21世紀最初の天皇賞・秋”で破ったのは〈二刀流の新星〉だった
text by
島田明宏Akihiro Shimada
photograph bySankei Shinbun
posted2021/10/29 06:00
テイエムオペラオー(右)の“天皇賞4連覇”がかかっていた2001年の天皇賞・秋。抜け出した“世紀末覇王”を差し切ったのは、4番人気のアグネスデジタルだった。
四位洋文が騎乗するアグネスデジタルは後方の外に控えていたが、向正面でスルスルとポジションを上げ、中団の外につけて3、4コーナーを回って行く。
メイショウドトウが先頭のまま直線に入った。馬場の悪い内をあけている。そうしてできたインのスペースをステイゴールドが突いてきた。
「今年もこの2頭で決まるのか」そう思われた瞬間に…
馬群の真ん中からテイエムオペラオーが満を持して抜け出し、先頭をうかがう。ラスト200m地点でオペラオーが内のメイショウドトウをかわして先頭に躍り出た。
今年もこの2頭で決まるのか。そう思われた次の瞬間、アグネスデジタルが外から凄まじい脚で伸びてきた。四位は、少しでも馬場のいい外に出すため左鞭を入れ、オペラオーに並びかける寸前、右に持ち替えて追いつづけた。
その叱咤に応えたアグネスデジタルが、2着のオペラオーを1馬身突き放し、先頭でゴールを駆け抜けた。オペラオーから2馬身半遅れた3着がメイショウドトウ。
外国産馬による天皇賞制覇は、出走可能だった1956年のミツドフアーム以来45年ぶりのことだった。
前年の「二強」を、1歳下の4歳馬が下し、世代交代を印象づけた(この年から日本でも馬齢表記が世界標準に変わり、それまでの数え年から、生まれた年を0歳とする表記になった)。
アグネスデジタルは、次走の香港カップも制し、その強さが本物であることを世界に向けてアピールした。
アグネスデジタルは、一部から悪者に仕立て上げられていた
実は、アグネスデジタルがこの天皇賞・秋に出走するにあたり、ちょっとした外部のゴタゴタがあった。
この年は「開放元年」と呼ばれ、ダービーなどのクラシックに外国産馬が出走できるようルールが変更された(皐月賞は翌年に開放)。その波に乗って注目されていたのが、NHKマイルカップを制した外国産の3歳馬クロフネだった。
秋初戦の神戸新聞杯で3着となったあと、天皇賞・秋を目標に調整されていたのだが、天皇賞に出走できる外国産馬の枠は2つしかなかった。うちひとつは賞金面でメイショウドトウの指定席になっており、残りのひとつを急きょ出走を表明したアグネスデジタルが確保したため、クロフネが弾き出される格好になったのだ。
ルールに則ったことなのだが、アグネスデジタルの関係者は一部のネットなどで悪者に仕立て上げられ、叩かれた。