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松山英樹を奮い立たせた「プライド」と「がんばれ!」…“地の利”を凌駕した世界基準のスーパーショットが生まれた理由
text by
桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph byGetty Images
posted2021/10/27 06:00
イーグルパットへ芝目を読む松山英樹。早藤キャディ(後方)も優勝を手繰り寄せるスーパーショットに驚きを隠せない様子だった
はてさて、東京まで約12時間のフライトと、ネバダ州との16時間の時差によって、“覚醒”に至ったのかといえば、「……いや、してないと思います」と振り返ったのは早藤将太キャディである。
大会2日前の未明に日本に到着し、ほとんどの選手たちはその日の午前中にコースに向かった。タフな移動と時差ぼけというエクスキューズを除いても、打撃練習場で納得いくショットは数えるほど。
「最低でもタイトルに“かすらないと”いけない」
早藤キャディもボスの置かれた立場を理解しつつ、「せめてトップ10に入って、沸かせたいけれど……」と案じていた。
窮地の松山を奮い立たせたもの
窮地で松山を奮い立たせたのは、まず「自分はPGAツアーでやってきた」というプライドに他ならない。
「自分をスターだとは思わない。けれど、相手が日本人なら誰にも負けたくない。とくに同世代や年下の選手には負けたくない」
2014年の本格参戦から9年目のシーズンを迎え、日本人選手として幾度となく未踏の地に足をのせてきても、芝の上で競い合うべき相手と向き合えば目がつり上がる。
そして前回、日本でプレーした2019年大会を最後にしばらく耳にしていなかった、聞きなれた声援を確かな力に変えた。新型コロナ禍で松山が「間違いなく、100%ある」と感じたのが、ギャラリーの有無によるプレーの影響だった。プロ入り前から大観衆を背負ってラウンドしてきた彼にとって、感染対策の無観客開催は非日常の光景といえた。
「誰かに見られていないと(集中力が)切れてしまうことがある。プライベートのゴルフは難しいとコロナ(禍)ですごく思った。状態が上がっているときは緊張したり、息が詰まったりすることがあるけれど、悪い時にこそ『見られているから、踏みとどまらないといけない』と思う」
普段から人前に立つ役者は、ひとたびひとりになれば、かくも弱い自分を知っている。前後左右から浴びせられる「がんばれ!」の言葉はこの2年、松山が渇望していたものだった。
米国本土を本拠地に据えるPGAツアーのアジアシリーズ(アジアンスイング)は、世界戦略、他大陸への進出をターゲットに2009年に中国(WGC HSBCチャンピオンズ)で始まった。その後マレーシア(2010年からCIMBクラシック)、韓国(2017年からCJカップ)に続いて、2019年に日本が加わった。
シリーズでこれまで開催国の選手が優勝したことはなく、松山はそのもっとも歓迎されるべき待望のシーンに向けて邁進した。その背中を強力に押したのが大声援だったに違いない。