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《父子制覇》菊花賞の鉄則は「逃げたら勝てない」…セイウンスカイと“伝説の名騎手”の息子が成し遂げた「世代を超えた逃走劇」
text by
石田敏徳Toshinori Ishida
photograph bySankei Shimbun
posted2021/10/26 06:01
後続を大きく引き離して京都競馬場のコーナーを回るセイウンスカイ。直線に入った時点で勝負ありという完璧な逃げ切りだった
セイウンスカイは「人生の宝物のような馬」
“馬の気に乗る男”の面目躍如といえたレースは格好の予行演習になった。迎えた菊花賞でも横山は軽く馬を促して先手を奪う。ついてきた馬がいたぶん、京都大賞典ほど派手な大逃げにはならなかったが、向正面では7、8馬身のリードが開いた。最初の1000m通過は59秒6。常識的にはかなりのハイペースで、断然の支持を集めていたスペシャルウィークをはじめ、末脚勝負に構えた騎手たちの判断は責められない。
しかし中盤の1000mは64秒3とスローダウン。京都大賞典とは違い、今度は保田も安心して見ていた。
「馬がムキになっているかどうかは、耳の動きを見ると分かるんです。向正面で1頭になると、耳を動かして馬が遊んでいましたから、これなら大丈夫と思いました」
中盤に息を入れ、終盤に加速した運びは京都大賞典と同じである。ただそれは、よりハイレベルのロングスパートだった。勝ちタイムはレコードの3分3秒2。耳を絞って加速したセイウンスカイは、最後の1000mを59秒3で駆け抜けた計算になる。
追い込んだスペシャルウィークは2着を死守するのが精一杯で、39年ぶりの逃げ切りが実現した。見事なペース配分とそれに応えた馬、今から振り返ってもあれは芸術作品のようなレースだったと思う。
当日の京都競馬場には隆芳も応援に来て、39年ぶりの不思議な巡り合わせと息子の2冠制覇を喜んでくれた。
「やっぱり嬉しかったですね。でも、こんなことを言ったら怒られてしまうけど、2冠を獲った程度では足元にも及ばない。セイウンスカイは僕にとって、人生の宝物のような馬ですが、父に対して誇る気持ちはまったくなかったです」
8年前に調教師を引退した保田の自宅の応接間には、数々の優勝写真やカップが飾られている。そのほとんどは隆芳のレースのもの。セイウンスカイの優勝写真もあったが、カップの類は見当たらない。
「ここに並べるのは申し訳ない気がして、自分の部屋に置いているんです」
偉大すぎるホースマンの二世に生まれた男は、そう言って笑った。