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なぜ“埼玉の絶対王者”花咲徳栄は県5回戦で負けたのか?「ヤバい、ヤバい」「生徒の心が見えなかったなぁ」監督と選手の証言
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph bySankei Shimbun
posted2021/08/25 17:02
埼玉県大会5回戦、花咲徳栄対山村学園。サヨナラ負けで甲子園連続出場が「5」で途絶え、ショックを受ける花咲徳栄の選手たち
春季大会が終わり、夏へ向けた最終調整に差し掛かると、岩井は花咲徳栄の歩みを説きながら、選手に夏の怖さと向き合わせた。
「力があるからって勝てるほど、夏は甘くない。先輩たちは連覇というプレッシャー、夏の緊張感をうまく自分たちの力に変えて戦えた。それは大事だし、花咲の強みではあるけど、お前たちの場合は、プレッシャーを抱えすぎないためにも普段の練習から試合だと思って取り組みなさい」
選手の危機感が次第に大きくなる。それを象徴する選手が、2年生からの主力で主将を務めていた浜岡陸だった。指揮官が「プレッシャーに弱い。プレーに影響が出始めた」と酷評するほど不振に陥ったため、夏の大会前に飛川征陽がその役割を受け継いだ。
岩井が自らの判断を嘆く。
「キャプテンを途中で代えるなんて、まずなかった。それでも監督が選ばないといけないのに、『自分たちで選べ』って言っちゃったから。これも大人扱いですよね。結局、自分たちがやりやすいキャプテンにしたというね」
「ヤバい、ヤバい」夏の大会が始まって…
少しずつ広がってきた綻びは、夏の大会本番を迎えても修復されなかった。
キャッチャーの味谷は、「キャプテンが代わってからは、言いたいことを言えるようになった」と、選手の立場での変化を訴えてはいた。しかし、監督が滾々と言い続けた「夏の怖さ」をチームが実感できたのは大会に入ってからだと、言葉を選びながら悔いる。
「去年のチームはコロナの影響で全然野球ができなくて苦しかったと思いますけど、代替大会で負けたからと言って連覇が途切れるわけではなくて。自分たちも、どこかで『負けたら終わりだ』ってプレッシャーが薄いなかやっていたかもしれない状態で、最後の夏の公式戦が始まって。初戦と次の試合はコールドで勝てたんですけど、相手のミスが多かったり、自分たちでしっかり得点できたシーンって少なかったんです。春にできていたバッティングや守備ができなくて、『ヤバい、ヤバい』って焦りがずっとあったのかなって、今になって思うところはあります」
「生徒の心が見えなかったなぁ…」
主将を経験した浜岡と飛川は、大会期間中に何度も「プレッシャーはある」と口にしていた。最後まで「気の緩み」が抜けきらなかったチームが、本当の夏の怖さや連覇の重圧を認識したところで、もう手遅れだった。
監督と選手の歯車が噛み合わないまま終焉を迎えた、2021年の夏。
「負けた理由は選手の気の緩み、チームが自立できなかったこと」と岩井は繰り返すが、責めるような声色は一切なかった。それどころか悲しげで、申し訳なさそうに聞こえた。
岩井がポツリと漏らす。その親心に、この夏の全てが集約されているような気がした。