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「やっぱり松坂大輔が1番」2人の甲子園球審が目撃した、“ダルビッシュ有、斎藤佑樹にもなかった”驚異の才能とは
text by
藤島大Dai Fujishima
photograph bySankei Shimbun
posted2021/08/18 17:01
今シーズン限りでの現役引退を表明している松坂大輔。23年前の夏の甲子園を大いに沸かせた
「斎藤は高校野球の象徴ですね。1試合ずつステージを駆け上がっていく。1回戦の早実の三塁審判をしましたけどそんなに印象はない。それが準々決勝の斎藤はまるで違っていましたから」
ハンカチ王子、斎藤佑樹は、スポンジのごとく体験を経験へと昇華させた。怪物、松坂大輔は、巨石のままにマウンドを守り、いっそう大きく揺るがぬ存在となった。どちらも甲子園を甲子園たらしめる英雄像だろう。
名勝負を見てきた球審の「成功する選手の共通点」
清水幹裕の最後の審判も「斎藤佑樹」だった。‘07年11月、明治神宮野球大会大学の部決勝、東洋―早稲田の球審で勇退する。
「斎藤佑樹君は大学1年でいい度胸してたよね。涼しい顔して胸元にビューンと投げ込む。おとなしい顔してるけど強いぞ、あいつは」
清水には、約40年の審判経験に裏打ちされた選手論がある。プロ野球の世界に進み成功する者の資質である。
「明るい人。もしくは図々しい人。松坂君なんか雰囲気が明るかったですよね。ひとつくらい判定を間違えたって気にしそうにないというか。自分が審判をした選手の印象はどうしても強くなりますが、やはり松坂君は(甲子園の)ベストかもしれませんね。もっとコントロールのいいピッチャーはいました。でも明るさというか運の強さというのか。そこのところが違う」
プロとしての松坂大輔の評価にはいささかの幅がありそうだ。もちろん、よき投手である。ただし偉大な投手の冠にはまだ届いていない。レッドソックスでの再起の物語は現在進行形だ。
「甲子園では、どんな選手でもチームのリズムに自分が入り込んで力を発揮しなくてはならない。松坂にしても250球投げて、また決勝でノーヒットノーラン。チームのリズムがさらに彼のよさを引き出していくんです。あの時のボールは力があるのに力任せではなかった」(岡本)
学窓の友との泣き笑いは大義だ。無私の心が力みを取り除き、限界を先に延ばす。堂々のプロ、松坂大輔のアマ時代の輪郭である。
岡本良一は、‘04年のセンバツで、東北高校のダルビッシュ有投手のノーヒットノーランを球審として経験している。
「投げたら手が見えよったからね。あれ、どうやって投げるんやろうか」
拳が閉じない。手のひらがそのまま向かってくる。「おかしいんやなあ」。アンパイアはスタジアムの特等席にいる。いちばん近くで凝視する人間がなお陥る不思議とは。つくづく野球の奥は深い。きっと松坂大輔のボールは最後に浮き上がったのである。