Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
「やっぱり松坂大輔が1番」2人の甲子園球審が目撃した、“ダルビッシュ有、斎藤佑樹にもなかった”驚異の才能とは
text by
藤島大Dai Fujishima
photograph bySankei Shimbun
posted2021/08/18 17:01
今シーズン限りでの現役引退を表明している松坂大輔。23年前の夏の甲子園を大いに沸かせた
「松坂は楽しんで投げていたのと違うかな。出し切るというのか」
実は劇的な延長戦当日、岡本球審は、川崎重工業FA ・ロボット事業部西部営業課課長として愛媛県の川之江での商談を設けていた。
「朝8時30分試合開始で、まあ2時間、念のために3時間までと想定、新神戸までタクシーで飛ばせば午後12時30分の新幹線に乗れるだろうと。岡山から愛媛へ渡って午後3時の約束で製紙会社に産業用ロボットの提案を行なうはずでした。でも終わらんわな」
いまだからの悪童の笑みが浮かんだ。
3時間37分。横浜の勝利。控室へ戻ると、携帯電話が震えて鳴った。「私、岡山に着いたんですが課長はどちらに」。甲子園のまさに「熱」の字もふさわしい戦いの顛末を部下は知らなかった。「すまん、きょうはかんべんしてくれ」。上司は端末に向かって早口になった。
決勝も「ストライクはストライクという見事な投球でした」
楽でなかった準決勝を乗り越えて、ついに決勝、岡本課長、いや、球審は、松坂大輔とその仲間たちに挑んだ京都成章の投攻守を次のようにとらえていた。
「準々決勝のPLは横浜に互角の心意気で勝ちにきていた。京都成章は、それよりも松坂を打ちたい、あるいは松坂と対戦できることへの充足というのか、そんな感覚がありました」。14年の歳月があって、通り雨に濡れるゴルフ場のグリーンを背に取材を受け、ふと口をついた素直な述懐だ。
「松坂はいつものようにストライクはストライクという見事な投球でしたね」
122球。あたかも自然現象のごとくノーヒットノーランは達成される。3-0。いまボストンに暮らす31歳、青春の日の頂上体験である。
かたや京都成章の古岡基紀投手は、ひたすらカーブを頼りに、ほぼ無印の位置から這い上がってきた。準々決勝で敗れた常総学院、かの木内幸男監督がこう白旗を掲げている。「狙っても打てない不思議なカーブでした」(日刊スポーツ)。
岡本のモットー。「その投手の命のボールは絶対に間違えない」。いま心境を語る。「横浜なんだから、このくらいのカーブは打たんかい。そういうつもりでストライクをとった」
のちに中央大学―ヤマハ、昨年限りで引退の古岡は5奪三振を記録している。
甲子園の象徴「松坂大輔と斎藤佑樹は何が違った?」
岡本良一は、‘06年夏の甲子園、斎藤佑樹投手を擁する早稲田実業と日大山形との準々決勝球審を最後に一線を退いた。