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「あの松坂の姿だけは、頭に焼き付いて…」名将・渡辺元智が振り返る、ボロボロのエース松坂大輔の“意地と涙目”《横浜×PL、延長17回の死闘》
posted2021/08/19 06:00
text by
中村計Kei Nakamura
photograph by
Hideki Sugiyama
試合中、選手に対して初めて覚えた感情だった。今夏限りでの勇退を発表している横浜高校の監督・渡辺元智が振り返る。
「これは限界じゃないかな……と思いましたね。さすがに過酷だな、と。親心というか、同情のような気持ちが湧いてきた」
延長11回表。先頭の4番・松坂大輔がレフト前ヒットで出塁。送りバントで二塁ヘ進めると、ベース上で松坂が力なく首を前に垂れていた。前日の3回戦、星稜との試合で松坂は148球を投げていた。その上、この日は8時30分開始の第1試合である。10回を終えた時点で、松坂の球数はすでに161球に達していた。渡辺が続ける。
「いつもだったら、選手のことをかわいそうだなんて思わないんですよ。『投げろ、この野郎!』って思うことはあっても。いちいち同情してたら勝てませんから。ダメなら代える。それだけです。でも、あのときの松坂の姿だけは、頭に焼き付いて今も離れないんですよ」
「(PLは)甲子園という器が、どこよりも似合う」
1998年8月20日。全国高校野球選手権大会の準々決勝で、春の王者・横浜は、渡辺が「王国」と畏怖していたPL学園とぶつかった。両校は選抜大会の準決勝でも対戦し、そのときは横浜が3ー2で辛うじて逆転勝利を収めていた。
渡辺はこの組み合わせに天の配剤とでもいうべき巡り合わせを感じていた。
「まだ準々決勝だったので、両チームともに精神が充実していたし、余力もあった。だから、あれだけのゲームになったんでしょうね。決勝で当たってたら、もっと大味な展開になっていたかもしれない」
ところが接戦必至と予想された試合は、序盤、思いがけない展開で幕を開ける。ここまでの全3試合で完投し、自責点0に抑えていた松坂が、2回裏、4安打を集中され、いきなり3失点。渡辺は今もPLの底力に畏敬の念を表する。
「あれがPLの伝統ですよ。甲子園という器が、どこよりも似合う。大観衆の前でも動揺せず、むしろ、持ってる力以上のものを出すんです」
試合後の各種報道では、球種によって捕手・小山良男の構えが異なることにPL側が気づき、それを三塁コーチャーが打者に伝達していたことが先制攻撃につながったと分析された。ただし、証言者によって事の詳細は微妙に異なる。渡辺も、そこに根拠のすべてを求めようとはしなかった。
「松坂の真っ直ぐであり、変化球ですよ。わかっていても、打ち損じることはある。それを確実にとらえたわけですから。そこがPLのすごさですよ」