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「負けたら坊主。下の毛まで」大学生で“64年東京五輪代表”マサ斎藤が明かした“地獄のトレーニング”と屈辱のフォール《レスリング》
text by
堀江ガンツGantz Horie
photograph by斎藤倫子さん(奥様)提供
posted2021/07/27 11:00
1964年の東京五輪にレスリング代表として出場したマサ斎藤。当時はまだ大学生だった
「開会式で立ち小便してるヤツもいたからな(笑)」
斎藤が経験した1964年の東京オリンピックと近年のオリンピックとでは、隔世の感があるという。
「オリンピックも変わったよな。開会式なんかを見ても自由な雰囲気でさ。いまはなんか入場行進でも自由に笑いながら入ってくるじゃん。俺たちの時代は、ビシッと列を乱さぬ行進で『かしら~、右!』の軍隊スタイルよ。いまはバラバラに歩いてるけど、あの頃は列を乱すことは許されなかったからね。『もし帽子を落としても、絶対に拾うな。そのまま行進しろ』って何度も言われてたから。帽子を落としたら列の一番後ろで拾う係もいたんだ。
そんな開会式だから途中でしょんべんも行けないし大変だったよ。我慢できなくて、グラウンドで立ち小便してるヤツもいたからな。観客が何万人もいる前だけど、競技場のライトが消えて暗くなるときがあるから、その隙にシャーっと立ち小便してんだよ。ありゃマズいよな(笑)」
「『何がなんでも勝たなきゃいけない』と思ってやっていた」
今と昔では、時代が違う。それは理解しているが、一生消えない悔しさが残ってるからこそ、斎藤は今の選手たちにこんな辛口のエールも残している。
「俺たちは国を代表して、国のお金でオリンピックに行かせてもらってる。それを忘れちゃいけない。だから最近の選手がよく言うじゃん。『オリンピックをエンジョイしたい』とか『楽しみたい』とか、あんな言葉が出てくること自体、あの頃を知ってる俺には理解できない。オリンピックは国を代表して勝ちにいく場所でしょ? これから闘いに行くのに、楽しくやるの? 楽しく勝てたらいいけど、楽しんで負けてたらしょうがないじゃん。
おそらく欧米人が使う『エンジョイ』って言葉をそのままはき違えてるんだろうな。連中はとにかく勝つためにはなんでもやる、勝利至上主義なんだよ。その裏返しでエンジョイって言葉を使ってるのに、日本の選手はそれをわかってないのがけっこういる気がするよ。
オリンピック選手っていうのは、試合に出るために億単位で国のお金を使って、ボランティアの人も含めて、いろんな人の世話になって出場している。楽しむために税金使われちゃ、日本の皆さんもたまったもんじゃないでしょう。
俺たちは『何がなんでも勝たなきゃいけない』と思ってやっていたからね。でも、国を代表して世界と闘うってそういうもんでしょ。それは、いまも変わらないと思うけどね。中途半端な気持ちじゃ勝てないよ。それをわかったうえで、若い選手には頑張ってほしいね」
“2020東京五輪”を目指して闘い続けた斎藤の精神
マサ斎藤は、1999年にパーキンソン病を発症。それから18年もの長き間、難病と闘い続けた。パーキンソン病の副作用で一時鬱状態となった斎藤を再び奮い立たせたのは、2020年に開催が決まった東京五輪。かつて青春のすべてをぶつけた舞台に再びコメンテーターなどなんらかの形で関わることを目標にリハビリを続けた。
2018年7月14日に他界。その思いは結実することはなかったが、「何がなんでも勝つ」という思いで最後まで闘い続けた斎藤の精神は、まさに東京オリンピックでメダルを目指し闘っていた時そのままだった。