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登山靴で蹴り、“精神棒”で腹をえぐる…56年前の「農大ワンゲル部死のシゴキ事件」はなぜ起きてしまったのか 

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中小路徹

中小路徹Nakakoji Toru

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photograph byJIJI PRESS

posted2021/06/30 17:01

登山靴で蹴り、“精神棒”で腹をえぐる…56年前の「農大ワンゲル部死のシゴキ事件」はなぜ起きてしまったのか<Number Web> photograph by JIJI PRESS

東京農大ワンダーフォーゲル部のしごき事件で現場検証する係官たち

運動部に横行した「気合入れ」という名のしごき

 この事件に関連し、1965年5月25日付の朝日新聞夕刊で、運動部全体の体質として「気合を入れる」という名のしごきが横行し、殴ること自体が目的になってしまっている実情が、こうリポートされている。

「某大学のサッカー部は新人を毎週一回練習のあとで一列に並べ、先輩がビンタを張ることを“伝統”にしている。(中略)実は、ひっぱたいている本人も理由がわからないのである」

「新人同士が向かいあって並び、互いにひっぱたき合う。これも伝統的な行事になっている野球部もある。(中略)敵を徹底的にたたきのめす“不屈”の精神と根性を養うのが目的だといい伝えられている」

 その他、下級生が上級生に意見を言うことが許されない階級の存在や、指導法すら学んでいないOBが権力を持ち、無謀な指導がなされる実情など、様々な続報が紙面を埋める。

 その中で特に注目したいのは、中高、大学の運動部を中心にリンチが増えたことを報じた同年12月3日付同紙朝刊の記事で、法務省人権擁護局が「東京オリンピックを契機に叫ばれた『根性養成』がはき違えられた結果、個人差を無視して練成が行過ぎたためだ」とコメントしていたことだ。

 根性主義がどう首をもたげてきたかについては、『運動部活動の理論と実践』(大修館書店、友添秀則編著、2016年)に、関東学院大の岡部祐介准教授の示唆深い論考がある。

 岡部氏によれば、「根性」という言葉には、人間に先天的に備わった性質である「こころね」と、「久しく耐え忍ぶ精神の力」という二つの意味があり、戦前は前者の文脈で使われることが多かった。それが1960年代に、後者に「困難にくじけない強い性質」「強い気力」といった意味が加わり、新聞のスポーツ面でその文脈で使われる事例が激増。「根性の意味使用の転換は、東京オリンピックを中心としたスポーツ界に端を発していたことが考えられる」という。

 背景として、「(敗戦による)挫折・喪失といった危機から『再建・復興』を志向する時代精神あるいは社会通念があった考えられる」と岡部氏は考察している。

スポーツ界の歪みが生んだ「死のシゴキ事件」

 どんなにつらくてもくじけず、頑張り抜くことを是とする根性主義は、前回の東京オリンピックが育てたのだった。それがスポーツ界のみならず、社会に受け入れられたことは、その後、スポ根漫画が全盛期を迎えたことでもわかる。

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