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登山靴で蹴り、“精神棒”で腹をえぐる…56年前の「農大ワンゲル部死のシゴキ事件」はなぜ起きてしまったのか
posted2021/06/30 17:01
text by
中小路徹Nakakoji Toru
photograph by
JIJI PRESS
東京オリンピック開催が迫る中、日本スポーツ界の体質を再考する意味で、ある昭和の事件を振り返ってみたい。1965年(昭和40年)に起きた東京農大ワンダーフォーゲル部の「死のシゴキ事件」だ。上級生や監督による暴力が繰り広げられた3泊4日の山岳縦走の末、新入生1人が亡くなった。
前年の1964年東京オリンピックで金16、銀5、銅8のメダルラッシュを遂げ、肯定的に叫ばれた「根性主義」がはき違えられた結果、という見立てが当時からあった。その本質的な問題は、部活動をはじめとする現代のスポーツ界にもなお通底していて、拭いきれていないのではないか。
当時の新聞報道などから、事件のあらましを再現してみたい。
緊急搬送された学生の「異様な傷跡」
腕や背中一面への擦り傷。特に背中には、直径20センチほどのえぐられたような傷痕。両足の太ももも紫色に腫れ上がっている。そして、眉間から鼻にかけての打撲傷。
入院した大学生の様子を不審に思った東京都練馬区の病院から、警察に届け出があったのは、同年5月20日だった。
入院したのは同部の1年生部員。
この部では、5月15日から、新入の1年生28人を含む部員46人で登山訓練を行い、山梨県塩山市(現・甲州市)から秩父を経て、18日に東京都奥多摩町の氷川駅(現・JR奥多摩駅)に下山した。
「迎えに来て欲しい」
18日夜に立川駅からの電話連絡を受けた家族がかけつけると、上級生に付き添われた1年生部員が、意識を失っていた。新調のズボンは、何カ所も切れている。
この部員は22日に亡くなった。胸や背中などを強打されたことによる肺の損傷から肺炎を起こし、呼吸困難になったことが直接の死因だった。
登山訓練後、別の1年生部員も、右手首の骨折で入院を強いられていた。やはり全身に打撲傷があった。さらにもう一人の1年生部員も両膝に打撲の重傷を負い、自宅療養をする事態になっていた。
自然に親しみながら心身を鍛えることが目的とされるワンダーフォーゲルだが、東京農大では運動部に籍を置いていた。
警察の調べや、目撃者への新聞の取材から浮かび上がったのは、上級生による新入生への凄惨な、なぶり殺しの実態だった。