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登山靴で蹴り、“精神棒”で腹をえぐる…56年前の「農大ワンゲル部死のシゴキ事件」はなぜ起きてしまったのか
text by
中小路徹Nakakoji Toru
photograph byJIJI PRESS
posted2021/06/30 17:01
東京農大ワンダーフォーゲル部のしごき事件で現場検証する係官たち
30キロを背負い、遅れると登山靴で蹴られる
新宿から夜行列車に乗った一行は翌日午前2時に塩山駅で下車。バスで山道近くまで行き、山梨と埼玉の県境にある笠取山に登り始めた。新入生たちは30キロの荷物を背負わされ、昼に中腹に着くまで、歩きづめだった。シゴキはこの時から早々と始まり、少しでも遅れると、上級生が登山靴で尻や足を蹴った。昼食は水抜きの乾パン。午後は中腹から笠取山の山頂を往復した。
後ろから一行についていた山岳愛好者によると、最後尾の1人は何度もよろめき、急斜面では立てずに這ってのたうち回っていた。額や鼻の辺りには殴られたと思われる傷があったほか、口の周りも腫れ上がっていた。
この夜は、中腹でキャンプを張ったが、強い雨が降り、ほとんど眠れなかったと思われる。
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3日目は、午前4時起床。山梨、埼玉、東京の都県境にある雲取山に向かい、途中でキャンプを張った。4日目も午前4時に起床。何とか雲取山の山頂にたどりついた。そして、奥多摩の鷹ノ巣山、六ツ石山を経て、氷川駅に降りた。
この間、上級生たちのシゴキは苛烈だった。
「たるんでいる」「気合が入っていない」
少しでも遅れると、そんな言葉とともに棒で頭をなぐり、素手やロープでほおを打つ。登山靴で蹴る。倒れると、先をナイフでとがらせた木の枝でたたく。これを「精神棒」と呼んでいた。
歩いている間は、水は飲ませない。昼食では、カラカラに乾いたのどに乾パンが押し込まれ、早く飲み込んだ者にジュースが一口ずつだけ与えられた。
監督や上級生が笑いながらリンチする写真も
こうした「リンチ」は、同行していたOBの監督も率先して行っていた。倒れた1年生の腹を棒でえぐり、顔を踏みつける。そんな場面の写真も撮っていた。100枚ほどあった写真には、新入生が棒を振り上げられていたり、手足を4人につかまれて引きずられたりする光景が写っていた。それを監督や上級生が笑いながら見ているショットもあった。
亡くなった1年生は4日目に意識を失った。うめくように発した言葉は「水」「おかあさん」だった。タクシーで氷川駅まで運ばれ、立川駅で家族に連絡がなされたのだった。
警察は「集団暴行事件」として捜査。主将、副主将を含む6人の上級生と当時25歳だった監督を逮捕し、傷害致死、傷害の罪で起訴した。翌1966年6月、7人はいずれも東京地裁から有罪判決を受けた。