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東京の消えた野球場 (ドームも神宮も使えない)85年前…“プロ野球”誕生を見守った「上井草球場」、今は何がある? 

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鼠入昌史

鼠入昌史Masashi Soiri

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photograph byKYODO

posted2021/04/10 11:03

東京の消えた野球場 (ドームも神宮も使えない)85年前…“プロ野球”誕生を見守った「上井草球場」、今は何がある?<Number Web> photograph by KYODO

上井草球場をホームとした幻の球団「東京セネタース」。写真はそのセネタースでも活躍した名ピッチャー・野口二郎

(ひとまず…)ガンダムと早稲田ラグビーの街

 詳しい人には改めて説明するまでもないかもしれないが、上井草はガンダムの町、アニメの町としてよく知られている。機動戦士ガンダムを制作したアニメ制作会社・サンライズがここ上井草にあるからだ。他にもいくつものアニメ制作会社があり、まさに日本アニメーションの聖地といった様相だ。そんなわけで、駅を降りたらいきなりガンダムの銅像。一方、プロ野球っぽいものは……何もなかった。

 駅前の、線路と並行している道を少し歩いて上井草球場に向かう。駅前は小さな商店街になっているが、5分と歩けばそれは途切れて緑豊かな一角が見えてくる。これが上井草球場か!と思いきや、それは間違い。上井草球場に向かう道すがらまず見えてくるのは、早稲田大学の上井草グラウンド。ラグビー部が使うグラウンドだという。

 そんな早稲田のグラウンドの横を少し歩くと、「上井草スポーツセンター」と書かれた看板が見えてきた。周囲は早稲田のグラウンドの他は文字通りの閑静な住宅街だ。そんな中に、いかにも巨大なスポーツセンター。そう、ここが上井草球場の跡地である。

上井草が本拠地 幻の球団「東京セネタース」とは?

 上井草球場はプロ野球誕生1年目の1936年8月に完成。正式名称は東京球場といい、当初の収容人員は2万9500人だったという。その頃、すでに現在の西武新宿線は開通していて上井草駅も開業していた。駅から歩いて10分もかからない。今のように住宅街ではなくて、もちろんアニメの町でもなく田園地帯の中の野球場だったが、駅からの近さを考えればなかなかアクセスに恵まれた野球場だったといっていい。

 この上井草球場を本拠地としたのは、戦前期に姿を消した東京セネタースという球団だった。東京にはすでに東京巨人軍が誕生していたが、そのライバルたる球団を、ということで貴族院議員の有馬頼寧(ちなみに競馬の有馬記念はこの有馬さんの名を頂いたもの)をオーナーとして誕生したのがこのチーム。資金面のバックアップとして、現在の西武新宿線を運営していた西武鉄道が出資しており、沿線の上井草に球場ができたのも当然の成り行きだった。上井草球場も西武鉄道によって建設されている。

「元祖西武球場」……ではない

 お、つまり元祖西武球場ということか、と思った皆さま。それはちょっとだけ違う。

【次ページ】 上井草球場「最後の試合」

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