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直前の“棄権”通告に泣き崩れ…春高バレー前王者・東山に何が起きていたか「これで終わりなんか、と思うとね」 

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田中夕子

田中夕子Yuko Tanaka

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photograph bySankei Shimbun

posted2021/02/05 06:00

直前の“棄権”通告に泣き崩れ…春高バレー前王者・東山に何が起きていたか「これで終わりなんか、と思うとね」<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

連覇を目指した春高バレーで棄権となり、涙する東山高校の選手たち。あれから1カ月、新チームも始動するなど、それぞれが一歩を踏み出していた

「誰も悪いわけやない。悲観的になってはいかん」

 選手たちにそう告げた豊田監督も涙を堪えきれず、その場に膝をついた。

 棄権という判断が下されたことは間違っているとは思わない。たとえ1試合でも、あの場で戦わせてあげることができてよかった、という豊田監督の気持ちに今でも変わりはない。実際、後に発熱者から新型コロナウイルスの陽性反応が出たことが判明し、その他全員がPCR検査を実施した結果、複数名の陽性も確認された。

 だが、あえて言わせてもらえるならば……と豊田監督が語調を強める。

「どうして、選手をユニフォームにさせて、アップまでさせたんや、と。最初から規定で『発熱者が1人でも出れば、全員が要観察扱いになるのでその時点で試合に出られません』と定められていたら、結果は同じ棄権だったとしても、これから試合だ、と一度スイッチを入れた後に、やっぱりできない、と落胆することなどさせずに済んだ。ウチが棄権になって、準決勝からは『発熱者が出たらその時点で協議する』と規定も変わったと聞くと、なおさら、何のためのガイドラインやったんや、と。

 安全、健康のためならばもっと厳しくすべきだし、ここに一生懸命懸けて来た選手のために、もっとできることはなかったんか、という思いは消えません。その通り、やって来ただけなのにあんな直前で出られないなんて、あまりにも、選手がかわいそうでね」

王者のプレッシャーと戦ってきた東山

 全国52の出場校の中で連覇にチャレンジできるのは東山だけ。周りから「連覇」と煽られれば、その都度、計り知れないプレッシャーを感じてきた。インターハイや国体と、公式戦も次々と中止となる中でも、選手たちにとって大きなモチベーションになったのは、最後の春高で“目標”に挑戦できることだった。

 例年ならば出場校同士や大学生と行う練習試合も今年は一切ナシ。「短い時間でチームを固めていかなければならない」と多くの選手が不安を募らせる中、最も焦りを感じていたのがセッターの荒木だった。中学時代はセッターを務めたが、初優勝を遂げた昨年はリベロ。セッターとして高校で頂点を狙うにはまだ経験も自信も足りず、もがいていた。

「攻撃が揃っている分、全員をうまく使えればめちゃくちゃ強いけれど、だからこそ今ここでいいのか、と迷いも出るんです。特にミドルを使う時は『合わんかったらどうしよう』と怖くなるけど、試合で試す機会がない。去年はリベロやったとか、藍さんがいるから勝てたと言われるのは絶対に嫌やったので、何とかしなきゃいけないと焦っていました」

 そんな荒木の不安を払拭すべく、松永コーチはチーム内のレギュラーメンバーのAチームとリザーブメンバーのBチームで行うAB戦で補うしかないと考え、各ローテーションで必ずミドルの攻撃を2本、3本と連続して決めさせることをノルマに掲げた。セッターは多少パスが乱れた状況からでも強引にミドルにトスを上げ、ミドルの選手は常にどこからでもトスが上がってくると想定して打ちに行く。身体と頭に染みこませ、無意識でできるようになるほど徹底して繰り返したことで、ミドルを使う不安や恐怖が消えた。

 その結果、どんな状況でもミドルを外さず、なおかつライト、レフト、バックアタックと荒木の攻撃選択の幅も自然に広がった。

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