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名手・飯田が“まさかの落球”…裏にあった石毛の叫び、森祇晶と野村克也の“共通認識”とは【伝説の日本シリーズ】
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph byNaoya Sanuki
posted2021/01/26 11:02
92年の日本シリーズでは飯田哲也の落球が印象的だが、その裏で両監督はある思いを持っていた
“早く岡林を代えてほしい”と思っていた
一塁側ベンチの野村から白い歯がこぼれる。対する三塁側の森の表情はまったく変わらず、腕を組んだままじっと戦況を見つめている。このとき森は何を考えていたのか?
「ある程度の戦いを続けてきた短期決戦の最終戦というのは、相手ピッチャーが代わるということほど大きな喜びはないんだね。リリーフ陣にも第6戦までの疲れは当然溜まっている。試合が続けば続くほど、継投策は難しくなるんです。投手が代われば、当然、隙ができるからつけ込みやすくなる。ということは、相手だってこちらのピッチャーに対して“早く代えてほしい”と思っている。私だって、“早く岡林を代えてほしい”と思っていた。当然、野村さんは“石井を代えてほしい”と思っていたはずですよ」
「うちの投手は絶対に代えられない――」
このとき、野村は何を考えていたのか?
「投手の代えどきですよ。岡林が必死の状態で投げ続けている。監督としては、“このまま最後まで投げ切ってほしい”と思っていますよ、当然。でも、もしもの場合に備えて次の投手のことも同時に考えている。だけど、岡林以上の投手はうちにはいない。ならば、打線にもっと点を取ってもらいたい。でも、相手のマウンドには石井丈裕がいる。“早く石井を代えてほしい”、そんな思いで見ていましたよ」
森も、野村も同じことを考えていた。
――早く投手を代えてほしい。
もちろん、相手監督の思いも、それぞれが痛いほど理解していた。だからこそ、やはり、同じことを考えていた。
――うちの投手は絶対に代えられない。
ヤクルトのブルペンでは早くから伊東昭光が投げ続け、西武のブルペンでは鹿取義隆と潮崎哲也が急ピッチで肩を作っている。まるで剣の達人同士、あるいは名人同士の王将戦のような、じりじりとした読み合いが続く中、試合は進んでいく。