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「羽生善治先生は負けたときも次の日の朝には…」 タイトル戦“定番ホテル”視点で見た数々の名棋士伝説 

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内田晶

内田晶Akira Uchida

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photograph byAtsushi Hashimoto

posted2021/01/14 17:02

「羽生善治先生は負けたときも次の日の朝には…」 タイトル戦“定番ホテル”視点で見た数々の名棋士伝説<Number Web> photograph by Atsushi Hashimoto

対局場となる離れ「九重」の内部。常盤ホテルは何度も名局の舞台となってきた

 森内俊之九段が2日制タイトル戦の2日目の昼食にカレーを注文することはよく知られている。勝負所で盤上以外に余計なことを考えなくて済むというのが理由だと言われている。森内九段がホテル内を移動する際にお世話係を務めた女性スタッフのファインプレーが光った。

「大盛り」をめぐる係の気づかい

「カレーを大盛りで、と森内先生の係に言われまして。それを聞いた私は『対局中でもあるので、ちょっと大盛りぐらいがいいのでは』と告げたんですよ。すると係は『普通の大盛りで大丈夫です』と言いまして。言われた通りにしました。多かったのではと私は思ったのですが、普通にぺろりと平らげまして。係は前夜の食事会や朝食など、それまでの森内先生の食べ方や量をよく見ていて、普通の大盛りで問題ないと判断したんです」と小沢さん。「もちろんそのスタッフを褒めましたよ」と続けた。

あの丸山九段が食べきれなかったことも!

 ここまで序盤・中盤・終盤とスキのない小沢さんだが、失敗談もある。

 丸山忠久九段が対局中にたくさん食べることは事前に調査済みだった。小沢さんの判断で森内九段よりも多めに盛り付けをしたところ、予想外の展開が待っていた。

「食べきれずに残されまして。丸山先生は後に多すぎたとコメントされていました。加減って難しいですよね。食事は係の言うとおりにしておくのがいいんだろうなぁ。対局者の係は自室から対局室まで行き来でお供しますので、うまくコミュニケーションをはかることができれば、的確な情報が私の耳にも入ってきますから」

女流タイトル戦で気づいた“ポット”の重さ

 2018年に初めて行われた女流のタイトル戦でも印象深いできごとがあった。小沢さんが控室のモニターで両対局者の様子をチェックしていたときのこと。加藤桃子女王が袖をまくり上げてお茶の入ったポットを手に取ると、小沢さんはため息をついて顔をしかめたのだ。筆者もその様子を一緒に見ていたのだが、加藤女王が「よっこらせっ」といった感じで、いかにも重たいものを持ち上げているように見えたからである。

 小沢さんに声を掛けると「羽生先生をはじめ歴代のトップ棋士の先生方が使ってこられたラタンのポットです。実はうちのこだわりのアイテムでもあり、何の違和感も覚えずにお出ししたのですが、もう少し小さいポットを用意すべきでした」と漏らしたのである。その表情は悔しさと申し訳なさが入り交じっていて、何とも言えない面持ちだったことを思い出す。

 だが、この話には続きがある。

【次ページ】 「たっぷり入っていてありがたかったです」

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