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【ジャパンカップ】「東京競馬場はあるけれど…」京王線のナゾの終着駅「府中競馬正門前駅」には何がある? 

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鼠入昌史

鼠入昌史Masashi Soiri

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photograph byMasashi Soiri

posted2020/11/29 06:00

【ジャパンカップ】「東京競馬場はあるけれど…」京王線のナゾの終着駅「府中競馬正門前駅」には何がある?<Number Web> photograph by Masashi Soiri

京王線の“ナゾの終着駅”府中競馬正門前駅には何がある? 平日に訪れてみた

 競馬場開場時に京王線はというと、府中駅があるだけで少し競馬場からは距離があった。だから開業時の競馬場客の輸送はほとんど南武鉄道の独占だったのだろう。

 そこに最初に割って入ったのは当時の国鉄。1934年に中央線から南に分岐して多摩川の河川敷まで延び、川砂利輸送を行っていた下河原線という支線に東京競馬場前という駅を設けたのだ。この駅は戦時中に一時休止するが復活、1973年に下河原線が廃止されるまで営業を続けた(廃止と同時に武蔵野線が開通している)。その場所は競馬場から真西に進んで南武線の線路をくぐったところ。いまでは下河原線ともども遊歩道として緑地化されており、府中市民の憩いの場になっている。

 このように、東京競馬場の輸送は当初、国鉄の東京競馬場前駅と南武鉄道の府中本町駅が中心だった。京王が参入したのは1935年で、現在の東府中駅の場所に臨時競馬場前駅が開業。それでも競馬場からの距離においては国鉄や南武鉄道と比べて分が悪く、戦後の1955年に至ってようやく競馬場線と府中競馬正門前駅を開業した。それから1973年の東京競馬場前駅廃止までは、3駅(西武多摩川線是政駅を含めれば4駅)が競馬場最寄り駅としてしのぎを削っていたのだ。

そういえば…今年のジャパンカップは三冠馬3頭の激突

 そういえば、今年のジャパンカップは三冠馬3頭の激突。過去、牡馬のクラシック三冠は8頭が成し遂げているが、最初のセントライトは国鉄東京競馬場前駅と南武鉄道府中本町駅の時代。2頭目のシンザンはまだ東京競馬場前駅があった頃の三冠馬だ。東京競馬場へのアクセスが現在の形になってからの三冠馬は1983年のミスターシービー以降である。

 三冠馬対決がどうなるのかはわからないが、結果はともあれレースの後には府中競馬正門前駅から“ハケ”を辿って府中本町へ、そして“幻の競馬場駅”東京競馬場前駅の跡地と下河原線廃線跡を歩いてみてはいかがだろうか。馬券を外してササクレだった心も、いくらかは癒やされるかもしれない。

(写真=鼠入昌史)

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