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日本記録連発の田中希実に父が課した“地獄のような”練習メニュー 娘を指導する難しさと五輪への思い 

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矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

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photograph byAsami Enomoto

posted2020/11/01 17:03

日本記録連発の田中希実に父が課した“地獄のような”練習メニュー 娘を指導する難しさと五輪への思い<Number Web> photograph by Asami Enomoto

10月に行われた日本選手権の女子1500mで快勝した田中希実。父と娘、2人の闘いは続いていく

父娘でトップを目指すことの難しさ

 陸上界で父が娘を指導するというスタイルは異色だ。単純に考えても、一般的なコーチと選手の関係以上に意見が衝突することも多いと想像できる。実際、田中父娘も衝突は少なくない様子だ。しかし、健智さんは「互いに理解するための衝突。ぶつかることはよくありますが、思いがずれてしまったり、逆方向に行ってしまうということはなかった」と語る。

 むしろ難しさを感じていたのは周囲からの見られ方だ。

「父娘でやるのは色眼鏡で見られがちです。結果が出ないと、ほら見たことかという感じになる。やる以上は結果に結びつけていかないと評価されないという気持ちでやってきた。その苦しみや葛藤が大きかったのは事実です」

 そもそも田中が大学生になるタイミングでチームに所属しないことを決めたのはなぜか。それは、個人として世界の舞台で戦える選手になりたいという思いを第一に据えたからだ。日本では、チームに所属することになればチームの目標が最優先となり、多くの場合それは駅伝ということになる。

 5000mで世界に打って出ようとする選手にとって、駅伝のための10000mを超える練習を主とすることはプラスにならない。しかも田中の考えは「5000mで勝負するために、800mから10000mまで幅広く取り組もう」というもの。チームに所属すると種目の制限も出てくるため、なおさら意にそぐわなくなる。

「希実の思いは、速くなりたい。単純にそこなんです。速くなりたいということを突き詰めて世界で勝負することにも目を向けた時に、どの距離も大事だと考えているのです。やらずに後悔するより、やって後悔する方がいいという考えです。そのうえで伸び伸びやるために、今の自分たちのやり方が一番良いということになったのです」(健智さん)

大迫、川内が“異端児”の立ち位置を変えた

 独自のアプローチ方法へ踏み出した田中父娘の背中を、違う角度から押してくれたランナーたちがいる。実業団チームに所属するという固定観念にとらわれずに活躍してきた大迫傑や川内優輝の存在だ。

「ありがたいことに大迫選手や川内選手のように、既存の枠組みから外れたところから自分のポジションを築き上げていった方々が出てきてくれたことで、こういう考えもありだよね、という世の中になってきています。そのような方々のお陰で考え方が多様化し、自分たちのような“異端児”がスタンダードになって、やりやすくなっていると感じています」

【次ページ】 父親として、コーチとして、娘をどう見るか

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