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日本記録連発の田中希実に父が課した“地獄のような”練習メニュー 娘を指導する難しさと五輪への思い
posted2020/11/01 17:03
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph by
Asami Enomoto
陸上トラックの女子中長距離界に躍り出た21歳の新星・田中希実(豊田自動織機TC)。同志社大学在学中ながら大学や実業団の陸上部に所属せず、コーチである父の指導によって今夏2種目で日本新記録をマークし、がぜん注目を浴びた。
1つ目の日本記録は7月8日の3000m。従来の日本記録を約3秒縮める8分41秒35で駆け抜けると、8月23日には2つ目の日本記録、1500mで従来の記録を2秒以上縮める4分5秒27をマークした。3000mは18年ぶり、1500mは14年ぶりの日本記録更新という快挙だった。
コロナ禍による沈滞ムードにさわやかな風を吹き込んだ身長153センチの小柄なニューヒロインは、どのようにして記録を縮めたのか。父でありコーチである健智(かつとし)さんを取材した。
心地いいところで終える練習をしていたら
まずは日本記録連発をどう見ているのかを尋ねると、シンプルな答えが返ってきた。
「今年の春から積み上げてきたことをレースで表現し、ぶれることなく出し切れた。その結果だと思っています。運良く日本記録を2つ作れたのですが、自己ベストを更新できたというイメージでしか捉えていません」
田中は兵庫県小野市生まれ。中学3年生の時に全日本中学校選手権1500mで優勝すると、高校は名門の西脇工業に進み、駅伝でも活躍した。高校卒業時には多くの学校やチームから声がかかったが、大学進学後はクラブチームで練習するという独自路線を選び、昨年から父の指導を受けるようになった。
コーチである健智さんは元実業団ランナー。市民ランナーとして北海道マラソン2度優勝の経験を持つ妻・千洋さんのコーチを務めていたことがある。
昨年から田中の練習メニューを組み立てている健智さんによると、今年は昨年までよりワンランク厳しさが上がったという。
「去年までは、本人が気持ちよくこなせる練習、心地いいところで終える練習を組み立てていました。それに、実際にその練習でも十分に日本国内では上位の成績を収めることができていたので、敢えて厳しい練習に取り組む必要もないと考えてました」
そんな折、冷や水を浴びせられたレースがあった。今年2月にニュージーランドで出た大会。2戦に出場した田中は、2月15日に1500mで卜部蘭に競り負けて4位に終わり、同23日の5000mでは優勝した新谷仁美に大差で敗れた。新谷は15分10秒00の東京五輪参加標準を突破する15分7秒02の自己ベストをマークした。