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周東佑京、和田康士朗を超える? “盗塁成功率100%男”オリックス佐野皓大の「再挑戦」 

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米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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photograph byKyodo News

posted2020/10/16 06:00

周東佑京、和田康士朗を超える? “盗塁成功率100%男”オリックス佐野皓大の「再挑戦」<Number Web> photograph by Kyodo News

両打ちに再挑戦する佐野。本人が意識する出塁率は現時点で昨年より1割近く上回っている

エースで4番として母校を甲子園に導く

 そんな野手としての可能性を、以前は佐野自身、まったく認識していなかった。

 6年前のドラフトで、佐野はオリックスから3位で指名され、投手としてプロ入りした。当日は学校に記者会見の場が用意され、報道陣の前に座って指名を待った。隣に座っていた監督の携帯電話に指名の連絡がきた瞬間、頭が真っ白になり、それからのことは、隣で母がずっと泣いていたこと以外、覚えていない。

 高校3年の時は、エースで4番の大黒柱として大分高校を初の甲子園出場に導いたが、150kmを超えるストレートを投げる投手としての注目度が高く、佐野自身も「野手としてプロを目指すことは考えなかった。野手だったらたぶんプロに入れていないと思います」と振り返る。

 当時から足は速かったが、特に武器だとは思っていなかったという。

 プロ入り後、投手として伸び悩み、3年目のオフに球団から野手転向の打診を受けた時は、「野手としてチャンスをいただけるなら」と育成契約を結んでリスタートしたが、「(野手では)無理やろうと思っていました」と明かす。

 自分の可能性に気づいたのは翌年。二軍の試合に代走で出場し好走塁を見せると、先発で起用されるようになった。

「走塁1つで、こうやって変わるんだ」と目の前が開けた。

「41」は佐野にとって5つ目の番号

 今年、佐野は「41」の背番号を背負って走る。それは佐野にとってプロに入ってから5つ目の番号だ。

 背番号「12」で2015年にプロ生活をスタートさせ、2年目のオフに「64」に変更した。3年目のオフに野手に転向して育成契約となり、3桁の「121」で再出発。4年目の7月に支配下登録を勝ち取り「93」の二桁番号を取り戻した。そして昨年のオフ、「41」に変更した。

【次ページ】 「プレースタイルが小瀬に似てるな」

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