令和の野球探訪BACK NUMBER
漁府輝羽が“最後の甲子園”で輝いた理由。「当たり前じゃない」ことはコロナ以前から知っていた。
text by
高木遊Yu Takagi
photograph byYu Takagi
posted2020/09/05 08:00
合同練習会で存在感を放ったおかやま山陽3年・漁府輝羽。堤尚彦監督の指導のもと、自主性を身につけてチャンスを生かした。
率いるのはジンバブエ代表監督。
合同練習会から2日後。漁府に話を聞く機会を得た。真っ先に出てきたのは「コロナの苦境の中でレベルの高い練習会を開催していただき嬉しかったです」と感謝の言葉だった。
「野球をできることは当たり前ではない」
それは、高校入学後すぐに感じたことだ。
おかやま山陽を率いる堤尚彦監督は東北福祉大卒業後に青年海外協力隊の一員として野球の普及活動に従事。ジンバブエ、ガーナ、インドネシアで活動をし、昨年にはジンバブエ代表監督も兼任して東京五輪予選を戦った異色の指揮官だ。
野球をしたくても、道具がないために、家計を支えるために野球が満足にできない少年たちを数多く見て、その改善に身を粉にしてきた。同校でも毎年のように野球道具をアフリカに送る活動や練習生を招き入れ、高校生同士の交流を図っている。
西日本豪雨では復旧作業に。
そんな教えもあるからこそ、部員たちは「野球をすることよりも大切なこと」に重きを置いている。
一昨年7月の西日本豪雨の際には大会前後だけでなく、大会中もレギュラー選手含む全部員が復旧作業を行なった。1年生だった漁府も従事し、野球が日々できていることの幸せを痛切に感じたという。
今春の新型コロナウイルスの感染拡大による活動自粛期間にもその思いは忘れなかった。堤監督が「意識高くトレーニングしてきたんだなということが体を見ただけで分かりました」と話すほど体を作り上げて、グラウンドに戻ってきた。
そして、今夏の岡山県独自大会では中堅122メートルの倉敷マスカットスタジアムのバックスクリーンへ特大の一発を放った。「打球の飛距離なら、甲子園に出場した代を含めてみても、この学校で見てきた中で一番です」と堤監督も太鼓判を押し、合同練習会でもその評価が大げさではないことを証明した。