モータースポーツPRESSBACK NUMBER
現地記者が見たインディと佐藤琢磨。
最も静かな優勝で見せた「強さ」。
posted2020/09/01 17:00
2度目のインディ制覇を達成した佐藤琢磨。異例尽くしの大会だったが、レース後には感謝の言葉を述べた。
text by

福原顕志Kenshi Fukuhara
photograph by
INDYCAR
佐藤琢磨の操る白いマシンは、観客が誰もいない夕暮れのスタンドの前を、ペースカーに先導されながらゆっくりとゴールした。
銀色の大きな優勝トロフィーにはチェッカーフラッグを振る男性の像が乗っていて、今年はその像もマスクを付けている。
それは100年を超えるインディ500の歴史の中で、最も静かな優勝シーンだった。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で無観客で開催された今年のレースは、終わり方も異例だった。ラスト5周で起きたクラッシュで追い越し禁止のイエローフラッグが振られ、トップを走っていた琢磨がそのまま優勝した。
ビクトリーサークルと呼ばれる丸い表彰台の上で、シャンパンではなく、このレース恒例のミルクを頭から浴びた後、2度目のチャンピオンに輝いた琢磨が最初に口にしたのは、自身の喜びの気持ちではなかった。
「もう感謝の気持ちしかないです。レースの主催者が代わって初めてのインディ500でしたし、コロナの問題で8月までずれ込みましたが、こうしてレースが出来たことに本当に感謝しています」
マスクで口元は隠れているが、その目から感謝と安堵の気持ちが溢れていた。
走行距離800キロの世界最速レース。
アメリカ中西部インディアナ州で毎年5月に開催される『インディアナポリス500マイルレース』は、F1モナコGP、ル・マン24時間レースと並ぶ世界3大レースの1つ。一周約4キロの楕円形のコースをひたすら200周走るという、いかにもアメリカらしいレースだ。走行距離約800キロ=500マイルなので、インディ500と呼ばれている。最高速度は時速380キロ、世界最速のレースだ。
会場となるインディアナポリス・モーター・スピードウェイは、30万人以上の観客を収容する巨大なサーキットで、毎年満席になるインディ500は世界最大のスポーツイベントと呼べる。琢磨が言うように、今年このコースとインディカーシリーズのオーナーが74年ぶりに代わった。元F1ドライバーで実業家のロジャー・ペンスキーが率いる輸送サービス会社『ペンスキー・コーポレーション』の子会社が買収したのだ。
新オーナーとなったペンスキー・エンターテイメントは、さらなるレースの進化や拡大を目指して、巨額を投じて様々な設備投資や改革を行っていた。そんな矢先に起こったのが、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大だった。