モータースポーツPRESSBACK NUMBER
現地記者が見たインディと佐藤琢磨。
最も静かな優勝で見せた「強さ」。
text by
福原顕志Kenshi Fukuhara
photograph byINDYCAR
posted2020/09/01 17:00
2度目のインディ制覇を達成した佐藤琢磨。異例尽くしの大会だったが、レース後には感謝の言葉を述べた。
「伝統を引き継ぐことが責任」
一時は開催も危ぶまれる中、最終的に3カ月遅れの8月に無観客という苦渋の選択で開催に踏み切った。レースを目前に控えた金曜日、マーク・マイルズCEOは、空っぽのスタンドを見下ろしながらこう話してくれた。
「ほら、座席に貼られた赤いシールが見えるでしょ? 『Do Not Use(ここに座ってはいけない)』と書かれていて、十分な社会的距離を保ち間隔を空けて座れるように、最初は50%そして25%と観客を入れるつもりでギリギリまで準備していたんです。無観客はとても残念ですが、歴史をつなぐことがいかに大切かを考えました。過去にレースが中止になったのは2度の世界大戦の時だけです。伝統を引き継ぐことが私たちの責任です」
メディアの数も大幅に制限された。例年世界中から275社が取材に訪れるが、今年は45社に絞られた。2013年から毎年レースの放送をしてきたNHKは取材が許されたが、コロナの影響で日本からスタッフが行けないため、アメリカ在住の我々現地スタッフが代わりに行くことになった。
メディアは会場に入る前に検問所で止められ、健康状態に答えた問診票を提出し、体温を測られる。メディアのビルに入るとそこでもう一度サーモモニターで体温をチェック、38度を超えていればアラームが鳴る仕組みだ。広いエレベーターの中も一度に4人しか乗れないルールで、広大なメディアセンターの中では、15メートルはある長いテーブルに、2人ずつしか座れないように配置してあった。
日本人で初めてフロントローを獲得。
インディ500では、数日の練習走行を重ねた後、1週間前に予選走行が行われ、その結果で決勝レースのスタート位置が決まる。琢磨はこの予選で33台中3位の好成績を出し、日本人で初めてフロントロー(最前列)のスタートポジションを獲得した。
選手の記者会見はリモートで行われ、恒例のメディアデーでの単独インタビューは、選手もメディアも全員マスク着用の上、カメラとの距離を十分に離して行われた。
我々は佐藤琢磨のインタビューだけは、特別に彼のチームがマシンを調整するガレージの前で行えることになった。予選を終えてガレージを訪ねると、決勝に向けてクルーたちが忙しくマシンのセッティングをしていた。
約束していた時間に、琢磨はキックボードに乗ってふらりと現れた。
「いつも会場内はこれで移動するんですよ。楽なんでね」
クルーたちの切羽詰まった表情とは対照的に琢磨は人懐っこい笑みを顔中に浮かべていた。
ガレージの中はエンジンも剥き出しのマシンが調整中で、さすがに企業秘密が多いだろうと外でインタビューの準備を始めたら「中に入って全然大丈夫ですよ。ぜひ中でやりましょう。エンジン部分だけ映らないようにしてくれれば大丈夫です」とどこまでもカジュアルなのだった。