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現地記者が見たインディと佐藤琢磨。
最も静かな優勝で見せた「強さ」。 

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福原顕志

福原顕志Kenshi Fukuhara

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photograph byINDYCAR

posted2020/09/01 17:00

現地記者が見たインディと佐藤琢磨。最も静かな優勝で見せた「強さ」。<Number Web> photograph by INDYCAR

2度目のインディ制覇を達成した佐藤琢磨。異例尽くしの大会だったが、レース後には感謝の言葉を述べた。

静かなインディアナポリスの街。

 決勝が行われる前日の土曜日、例年なら街で盛大なパレードが行われ、レーサーたちはダウンタウンをオープンカーで練り歩く。会場内でも有名アーティストのコンサートや、様々なファンサービスが催され、まさにインディアナポリスの街全体がお祭り騒ぎになる。

 しかし今年、全ての関連イベントはキャンセルされ、会場の外にレースを感じさせるものは何も無かった。会場近くにファンに人気のパンケーキ屋があると聞き訪ねてみた。『Charlie Browns Pancake & Steak House』は、この街で46年営業しているという老舗。店内には過去の優勝者の写真やインディカーの模型などが壁一杯に飾られていた。会場に行けないファンたちは、せめてレースの雰囲気だけでも味わおうとこの店に来ていた。

「小さい頃からインディのファン。父に連れられて来てから毎年来ている。今起きていることは悲しいけど、僕らが行けなくてもレースをやってくれるのは嬉しいよ」と地元の親子連れが話してくれた。

 テラスの席には、隣のミズーリ州から毎年泊まりがけで観戦に来るという家族連れがいた。娘さんは「会場に入れないのはとても悲しいけど、近くまで来て音だけでも味わおうと。これが私たちの伝統ですし、父にとっては62年の伝統です」と教えてくれた。それを隣で聞いていた彼女の父親は「ここは第二の故郷のようで、スピードウェイは私には特別な場所です。感情的になってしまいます」と涙を流した。レースを支えてきたファンの痛切な思いが伝わってきた。

 お店のオーナーのリズ・グローバーさんは、苦境の中でも大会の決断を支持していた。

「ペンスキー新オーナーの決断は正しかったと思います。観客に一人でも感染者が出たら訴訟問題になるでしょう。それは誰も望んでいません。彼は様々な改革をしようとしている。私たちは彼の決定を支持しています」

 来年5月に観客を入れていつも通りに開催するためにも、今年は何としても無事にレースを終わらせたい、そんな思いが街全体から伝わって来た。

ドライバーたちよ、エンジンを始動せよ!

「Drivers, Start Your Engines!」

 日曜、午後2時半。ロジャー・ペンスキーの掛け声で、グリッドに並ぶ33台のマシンは一斉にエンジンに火を点した。静かだったスタンドに、エンジン音がこだまする。104回目のインディ500が始まった。

 3周のパレードラップの後、グリーンフラッグが振られて、琢磨は順調にスタートを切った。しかし、レースは序盤から波乱の幕開けだった。3周目に一台が早くも壁に接触、6周目にはタイヤが炎上するマシンが出てイエローフラッグ(追い越し禁止)となった。その後も次々とクラッシュが発生し、レースを通じて合計7回イエローフラッグが振られた。

 琢磨はレース前に話していた通り、常に4位以内をキープ。安定した走りで周回を重ねていた。

 そしてレース終盤、158周目で勝負をかけた。それまでトップを走り続けていたディクソンを抜いてついにトップに躍り出たのだ。琢磨がレースのポイントに挙げていた「最後の30周」が訪れようとしていた。

 200周のレースを通じて、各マシンは大体30周に一度のペースでピットインをする。そこで給油やタイヤ交換をするが、実は刻々と変わる路面温度や風向きに合わせて、ウイングの角度やタイヤの空気圧を微妙に調整するのだ。そして最後のピットインの後、最も大事な残り30周をベストな状態で走れるように持っていく。

「3位に終わった去年はそれが出来なかった。集団の中を後ろから抜け出してトップグループに追いついたが、集団の気流の中で安定する車のセッティングでは、前に出ると曲がらないんです。今年は前からスタートなので、レース中にそのセッティングがしっかり試せるんです」

 琢磨は168周目で最後のピットインを行ったが、その時はすでにマシンはトップで走れる最高の仕上がりになっていて、何も調整する必要が無かった。一周遅れでピットインしたディクソンが、コースに戻って琢磨の前に出るが、173周目に琢磨がまたトップの座を奪い返す。そこからはディクソンとの一騎打ちだった。

【次ページ】 ブリックヤードに恒例のキス。

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