球体とリズムBACK NUMBER
奇才ビエルサ戦術は死んでなかった。
2000年代に破産リーズ復活の秘技。
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph byGetty Images
posted2020/07/23 20:00
テクニカルエリアでピッチの様子を見つめるビエルサ監督。彼にはきっと、別のフットボールの世界が見えているはずだ。
ファンの熱い愛情には照れた笑み。
この心躍るニュースを知り、色々と調べているうちに、ひとつの映像に行き当たった。おそらく昇格決定の翌日のもので、ビエルサの慎ましい1ベッドルームの住まい──むろん練習場のほど近くだ──に地元のファンが集まり、「私たちはあなたが大好き!」と口々に感謝を伝えていた。
軒先で監督が「私は英語を話さないんだ。センキュー、センキュー、センキュー」とはにかんで応じると、ひとりのおじさんが「あなたはゴッドだ!」と英雄の背中を叩いた。ビエルサは理解していなかったようで、まず頷いたが、すぐに意味がわかると、人差し指を左右に大きく振って、また照れた笑みを浮かべた。試合中の激しい形相とは真逆の柔らかい表情だった。
リーズはマンチェスターの北東、ウェスト・ヨークシャーを代表するクラブだ。そこには、イングランド有数とも言われる熱いファンがたくさんいる。チームが悲願のプレミアリーグ昇格を決めた翌日、『ガーディアン』紙にリーズのサポーターの手記が掲載された。愛情たっぷりの記事から、特に印象に残った部分を抜粋したい。
「ビエルサボールは観戦の喜びだ。たとえ勝っていない試合や、(昨季)プレーオフのダービー戦の惨めな敗北であっても。この欠陥のある献身的で執着心の強いビエルサは、不完全で傷ついた献身的な(リーズの)ファンと完璧に合致する。正義感と美しいフットボールの理念も共通する。
できることなら、14年も待ちたくはなかった。けれど、もしそれがビエルサのパーフェクトフットボールを2年間も堪能するために必要な苦痛だったのであれば、辛かった時間のすべてを許そう」
今のリバプール&マンCを表現した16年前。
個人的には、ビエルサがアテネ五輪の金メダルに導いたアルゼンチン代表の印象が強烈に残っている。予選を含めて16、17年前に見た当時、あれほど激しいプレスをかけ続け、ダイナミックに球を奪ったり、迫力満点に攻め切ったりするチームはほかに見たことがなかった。
そう、ずいぶん前から、現在のリバプールやシティのようなスタイルを見せてくれたのが、ビエルサのチームだったのだ。
絶妙にマッチした名門と名将が、来季のプレミアリーグで旋風を巻き起こすか。現時点での鍵はなんといっても、前向きに見えるビエルサ監督との契約更新だ。
もし、それが成されたならば──。
プレミアリーグのライバルたちは、来季を思い浮かべて落ち着かなくなるに違いない。いちファンとしては、現オーナーが買い戻した熱狂のエランド・ロードで、「ビバ、ビエルサ!」と叫んでみたい。