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鬼木フロンターレが編み出す新手筋、
CBの攻撃関与と“藤井将棋”の金将。
posted2020/07/20 11:30
text by
いしかわごうGo Ishikawa
photograph by
J.LEAGUE
久しぶりに、歴史の動く音を聞いた気がした。
サッカー界ではない。将棋界の話だ。
7月16日に誕生した藤井聡太・新棋聖である。
第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負で渡辺明三冠を3勝1敗で下し、初タイトルを獲得。最年少記録更新となる17歳11カ月で成し遂げた快挙だった。
年齢もさることながら、驚かされたのは、将棋の内容である。
近年の将棋界では、分析や研究にAIを使うことが浸透しており、かつて常識とされていたセオリーが覆され、AI流の新しい定跡が生まれることも珍しくない。
トップ棋士たちは皆、そうした新しい感覚を取り入れながら日々研鑽しているのだが、藤井新棋聖が指しこなす将棋には、さらにまた少し違う感覚があるような印象だ。
例えば6月28日に行われた棋聖戦第2局。
昼食休憩前の42手目に藤井七段(当時)が見せた△5四金という「歩越し金」が話題になった。過去になかった矢倉戦の新手法である。守りの要にいた金将が自陣の外に出て攻めに厚みを加えていくという、従来のセオリーからは外れる一手だ。
まるでCBがゲームメイクするように。
サッカーで例えるならば、センターバックが最終ラインを飛び出してゲームメークを始め、さらにドリブルでボールを持ち運び始めたような感覚に近いかもしれない。ピッチ上でセンターバックにスルスルとボールを運ばれると、それに誰が対応するのか、確かに守る側が躊躇してしまうことは多い。
事実、意表を突かれた渡辺明棋聖は、ここから盤上で後手を踏んだ。
だがこれは、仕掛ける側にも勇気がいる一手だった。
それもそうだろう。後ろからドリブルで持ち運んでも、そこからゴールまでの道筋を見いだすのは簡単ではないからだ。逆にボールを奪われたら、そのまま即失点に直結する怖さがある。
ゆえにリスクが高く、人間的には指しにくい手だと思われていたわけだが、藤井七段はそこの感覚が違うのだろう。事前研究を重ねていたとはいえ、タイトル戦という大舞台で決断し、守りの要だった金将の個性を攻めに活用し、指しこなしてしまったのだ。
劣勢となった渡辺棋聖も反撃したが、藤井七段の△3一銀という妙技にしのがれ、一度も王手をかけることができず敗れている。百戦錬磨の渡辺棋聖がタイトル戦でここまでの完敗を喫することは異例で、感想戦での困惑した表情がその衝撃を物語っていた。