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“ポジティブ原理主義”には弊害も。
専門家が語るアスリートの心問題。 

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佐藤春佳

佐藤春佳Haruka Sato

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photograph byGetty Images

posted2020/07/20 15:00

“ポジティブ原理主義”には弊害も。専門家が語るアスリートの心問題。<Number Web> photograph by Getty Images

2018年に「自ら命を絶たなかったことに感謝している」と壮絶なうつ病経験を語ったマイケル・フェルプス。五輪4連覇の水の王者の告白に世界が驚いた。

ポジティブ原理主義は危ない。

 荒井教授はこうした“ポジティブ原理主義”の弊害も指摘する。

「ポジティブシンキングを否定するつもりはありません。それでうまくいっている選手は、ポジティブシンキングのままで行ったほうがよい。ただ、強さとポジティブは必ずしも一致するものではありません。

 ネガティブで強い人もいれば、ポジティブで弱い人もいる。『防衛的悲観主義』といって、最悪な結果を予想して不安になり、しかしそうならないよう地道に準備をすることで自信を高めて、結果を出すという思考方法もある。鋼のような屈強さではなく、ありのままを受け止め、受け流すようなしなやかさも強さの一つの形なのです」

 一部のトップアスリートはともかく、一般的には常に「ポジティブ」であることなど不可能だ。挫折や焦燥感、嫉妬、怒りとネガティブな感情に支配されることは誰にもある。それを無理やり「ポジティブ」の鎧で隠そうとするのではなく、しっかりと受け止めて迷い、悩む。時には諦め、受け流す、という作業を丁寧にできるしなやかさもまた「強さ」である、という考え方だ。

時代が求めるヒーロー像を探して。

 象徴的な動きがある。日本ラグビーフットボール選手会が、5月に<いま、伝えたい「よわいはつよい」ということ。>というメッセージとともに、「よわいはつよいプロジェクト」をスタートさせたのだ。その目的をHPでこう説明する。

<このプロジェクトでは、一般的に「弱みを見せてはいけない」という意識の強いアスリート、とりわけ心身ともにダメージの大きいラグビー選手に対してのメンタルヘルスケアの研究や啓発活動を行っていく予定です。

 将来的には、他競技のアスリートへの貢献や日本全体のメンタルヘルスに対する意識の変革につなげ、ひいては日本中のすべての人びとの“メンタルフィットネス”(心の状態を正しく認識し、柔軟に対応する力)の向上を目的としています。>

 アスリートの「強さ」は、時代が求めるヒーロー像の表れでもある。「強さ」の形が変わろうとすることは、人の在り様や、社会の寛容性に変化が訪れている証左だ。

 以前ならば「根性がない」と一刀両断されたかもしれない「心の弱さ」を受け入れ向き合う姿は、新時代の「強さ」の1つの形なのかもしれない。

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荒井弘和

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