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野球の旨味は「決定的瞬間」の前後。
試合を“通し”で見ることの新鮮さ。
text by
ナガオ勝司Katsushi Nagao
photograph byKyodo News
posted2020/05/28 19:00
王さんが両手をあげた有名な写真を知っている人の何割が、1打席目の成績や達成後のセレモニーを知っているのだろうか。
見たことのない録画中継が懐かしい?
懐かしいのかな? 見たことのない「録画中継」なのに?
などと思いながら、日々の(外出自粛)生活に追われていると5月20日になった。日本のネット・ニュースで「王貞治・福岡ソフトバンク最高顧問の誕生日」だと知らされ、そこで何かがリンクした。
気になって探したのは、王さんの通算756号本塁打、つまり、ハンク・アーロンの通算最多本塁打記録を抜いた打席の映像だった。投手はヤクルトの鈴木康二朗さんで、その打席の全6球が編集されることなくカバーされていた。フルカウントになったものの、鈴木さんは逃げずに王さんに立ち向かい、アウトサイド目掛けて投げた勝負球のシュートが甘く入ったところをライナーで右翼席に運ばれた。
王さんの豪快な空振り、鈴木さんの仕草。
まず何よりも、王さんが左足で打席の足場を鳴らし、素手で握ったバットでスパイクの裏に着いた土を落とし、ホームベースをコツンと叩き、そのバットを1回、2回と投手の方に向けて、準備を整える所作が懐かしかった。次にカウント2ボール1ストライクから、王さんがフィリーズのブライス・ハーパー並みに豪快に空振りしたことに驚いた。
そして最後に、打たれた直後にマウンド上で腰に手を当てる鈴木さんの仕草である。真っ向勝負に悔いはないだろうが、投げたコースはミスだった。そんな心情が滲み出ているような感じだったのだ。
パンデミックのお陰で目にすることが出来たコーファックスの完封劇やライアンがノックアウトされた試合には、「ほとんど全球の録画中継」ならではの生々しい感じがあった。それはたった1打席だったが、王さんの記録達成の瞬間にもあった。
そんな風に感じるのは、おかしなことだろうか。