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野球の旨味は「決定的瞬間」の前後。
試合を“通し”で見ることの新鮮さ。
text by
ナガオ勝司Katsushi Nagao
photograph byKyodo News
posted2020/05/28 19:00
王さんが両手をあげた有名な写真を知っている人の何割が、1打席目の成績や達成後のセレモニーを知っているのだろうか。
ライアンの姿は何度も見ていたはずが……。
ライアンなら、彼が40歳を超えてから達成した2度のノーヒッター(6度目と7度目)をやはり、「ほとんど全球の録画中継」で見たことがある。それらの試合はパンデミックによる開幕延期が決まった直後にも同局で再放送されていたので、ライアンが「普通に動いている姿」を見るのは、コーファックスほどには新鮮に感じないはずだった。ところが――。
アストロズが初優勝まで「あとアウト6つ」で迎えた8回表、5-2とリードされたフィリーズの攻撃は、7番打者のラリー・ボーワ(後に2球団で監督)から始まった。
ボーワがライアンの速球に詰まりながらも中前に落とすと、8番ボブ・ブーン(後に2球団で監督、息子は現ヤンキース監督)の投手返しのゴロは、ライアンのグラブを弾く内野安打になった。さらに途中から左翼に入っていた9番グレッグ・グロスが三塁線に絶妙のバント安打を決めて無死満塁となり、一塁走者がホームに還れば同点という絶好のチャンスになった。
ライアンの溜め息に心を動かされた。
それまで「エースとはこうあるべき」というような堂々とした態度だったライアンも、次から次へと起こる不運に思わず、腰に手を当てる。ここで打席に入ったのは、1番ピート・ローズ……そう、MLB史上最多の通算4256安打を記録し、「野球賭博事件」さえなければ今頃は殿堂入りしているはずのあの人だ。
初球ファールのあと、2球目3球目と高めに速球が外れると、ライアンはマウンドの周りをゆっくり歩いて間を取った。ファールで粘られた後の7球目がボールとなり、押し出し四球を与えてマウンドを降りると、ベンチに向かって歩きながら、何とも言えない「溜め息」を吐いた。
試合はこの後、7-5とフィリーズが逆転した直後にアストロズが同点に追いつき、延長戦で決着するのだが、8回の「ライアン対フィリーズ打線」が何よりも印象的な試合だった。
考えてみれば、ライアンがプレーオフでノックアウトされる試合を見るのは初めてだった。フィリーズ打線の粘り強い反撃に手を焼くライアンのマウンド上での立ち振る舞いに、心を揺り動かされたような気がした。