スペインサッカー、美学と不条理BACK NUMBER
コロナに最後の大舞台を奪われても。
引退アドゥリスとビルバオの稀有さ。
text by
工藤拓Taku Kudo
photograph byGetty Images
posted2020/05/27 19:00
屈強な肉体に柔らかな足元の技術と冷静さ。アドゥリスはバスク出身らしさを凝縮した、いぶし銀のストライカーだった。
2度も退団を強いられたのに。
バスク純血主義にこだわるクラブの特殊性が度重なる買い戻しの一因となったことは間違いない。それでも同じクラブに2度も退団を強いられながら、オファーが届くたびに受け入れる選手はなかなかいない。
それはエゴイスティックであることが許され、求められもするストライカーでありながら、自身の得点よりチームの勝利、ひいてはクラブの利益を優先してきた彼の人間性が可能にした関係だと言えるだろう。
振り返れば、ピッチ上では激しい肉弾戦を繰り広げながら、常に自然体を崩さずプレーに集中し、熱くなることが滅多になかった。円熟期に入ると、まるで人生を達観しているかのような佇まいでプレーしていた印象すらあった。
それだけクラブに尽くしてきたにも関わらず、彼はパンデミックという不可抗力によって最後の大舞台を、そしてファンに直接別れを告げる機会を奪われてしまった。
異例の状況下で行われたセレモニーでは仲間たちと抱擁することも、胴上げされることも叶わなかったが、それでもアドゥリスは幸せそうだった。
「もう自分には十分過ぎるほどやってもらった。毎週末がお別れパーティーのようだったからね」
コパ祝勝セレモニーの席は……。
いまだ日程が決まっていないコパ決勝に勝てば、アイトール・エリセギ会長はクラブ伝統の船上祝勝セレモニーにアドゥリスの席を用意すると明言している。
そのことを問われ、アドゥリスが返した言葉には彼の人間性がよく表れていた。
「席はいらない。船が出てくれればそれでいい。重要なのは全てのファンがファイナルを楽しめること。自分もその1人になる。これからはファンの1人になるんだ」