スペインサッカー、美学と不条理BACK NUMBER
コロナに最後の大舞台を奪われても。
引退アドゥリスとビルバオの稀有さ。
text by
工藤拓Taku Kudo
photograph byGetty Images
posted2020/05/27 19:00
屈強な肉体に柔らかな足元の技術と冷静さ。アドゥリスはバスク出身らしさを凝縮した、いぶし銀のストライカーだった。
30代半ばにピークを迎えた異能。
「時が来た。残念ながら、体が限界を訴えている。もう望む形でチームメートの力になることはできない。これがプロ選手の人生。至ってシンプルだ」
SNSに投稿したメッセージには、ボールを抱える幼い頃の自身の写真が添えられていた。
アドゥリスは常識を逸脱した選手だった。
古今東西、遅咲きの選手はたくさん見てきたが、30代半ばにキャリアのピークを迎えた選手は珍しい。
24歳まで下部リーグでプレーし、27歳で初めて1部での2桁得点を記録した。CLデビュー、代表デビューは共に29歳。得点数の自己ベストは34歳で迎えた2015-16シーズンの公式戦55試合出場36ゴールで、33歳、35歳、36歳のシーズンがそれに続く。
自身も認めるベストゲームは2015年8月、34歳でプレーしたスーペルコパ・デ・エスパーニャだ。この2試合で彼はバルセロナ相手に計4ゴールを叩き出し、クラブに31年ぶりのタイトルをもたらした。
スペイン代表として出場した唯一のビッグトーナメントはEURO2016で、この時35歳。同年11月12日のマケドニア戦ではラ・ロハの最年長得点記録となる35歳275日でのゴールを決めている。
バルサを沈めたオーバーヘッド。
しかし、そんな彼にもとうとう限界が訪れた。
37歳で迎えた昨季は膝の怪我で後半戦を棒に振り、7年ぶりにシーズン2桁得点に届かず。復帰後も故障を抱えながらのプレーが続き、昨年8月にはラ・リーガの最年長プレーヤーとして臨む今季を最後のシーズンとする意向を明かしていた。
「何か素敵なものを手にしてシーズンを終え、ファンにプレゼントしたい」
そんな想いと共に迎えたラストシーズンは、この上ない形で幕を開けた。
バルセロナとの開幕戦。防戦一方の展開を耐えしのぎ、0-0のまま迎えた87分に登場した彼は、わずか1分後に驚くべき形でゴールネットを揺らす。
右からの緩やかなクロスをオーバーヘッドの右足ボレーで捉え、ゴール右隅に流し込んだのだ。
あの劇的な決勝点が現役最後のゴールになるなんて、あの時点では考えもしなかった。