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無観客試合のブンデスで考える、
“フットボールの魂”はどこにある?
posted2020/05/27 20:00
text by
本田千尋Chihiro Honda
photograph by
Getty Images
保険屋のマティアスからの返信には、次のように記されていた。彼も無観客試合を見たようだ。
「フットボールの魂が失われている」
メールの日付は5月18日9時43分。ブンデスリーガが再開して最初の週末が明けたばかりの月曜の朝だ。
ドイツ人のマティアスは、僕が加入しているプライベートの健康保険の担当者で、歳が近いこともあってか、気付けばビールを飲み交わすようになっていた。
彼の口癖は「中立が良い」。
その意図をざっくり説明すると……政治的な思想は左寄りでもなく、右寄りでもなく、「中立が良い」ということらしい。
近年、ドイツでは極右政党「AfD(ドイツのための選択肢)」が台頭しているが、マティアスは、社会が第二次世界大戦中のナチス政権下の状況に逆戻りするのではないかと、少なからず真剣に危惧していた。つまるところ彼はアジア人に対する差別意識はなく、日本人の僕にも気のいいナイスガイである。
そしてマティアスは、フットボールに対しても似たようなスタンスを取っている。
地元のフォルトゥナ・デュッセルドルフの熱心なファンというわけではないが、ブンデスリーガに全く興味がないわけではない。バイエルン・ミュンヘンやボルシア・ドルトムントのことは知っているし、新興のRBライプツィヒのことは、巨大資本レッドブルの資金でのし上がった“金満チーム”と見なしていて、快く思っていない。
このようにフットボールに対して無関心ではないが、関連する職業についているわけではなく、毎週のようにリーグ戦の動向を気にかけているわけではない。そんな立ち位置のマティアスに、ブンデスリーガの“再開”について、なんとなくメールを送って訊いてみたわけだ。
ほとんどの人がマスクをしていない……。
5月23日、初夏の陽気に身を委ねるデュッセルドルフ――。
先週に続いて、ライン川沿いの旧市街に足を運んでみる。
人が溢れていた。
そして、ほとんどの人はマスクをしていない。
依然としてドイツ国内では、1日あたり3桁の新型コロナウイルスの感染者が出ている。しかし、目の前に広がるソーシャル・ディスタンスを度外視する人のうねりからは、ウイルスとの戦いに勝利が確定したような雰囲気が広がっている。第二次世界大戦に例えると、ドイツ軍がモスクワまで30キロ程度の距離に迫った、“それだけのこと”で、ソ連全体を陥落させたかのような戦勝ムードに覆われた街のようである。