大山加奈のVolleyball is Life BACK NUMBER

春高バレーの“メグカナ対決”を回想。
「このまま一生試合をしていたい」 

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大山加奈

大山加奈Kana Oyama

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photograph byKyodo News

posted2020/04/11 11:50

春高バレーの“メグカナ対決”を回想。「このまま一生試合をしていたい」<Number Web> photograph by Kyodo News

2002年3月26日に行われた全国選抜バレー選手権女子決勝で優勝した成徳学園(現・下北沢成徳)。大山加奈は表彰式で優勝旗を受け取った。

忘れられない小川先生からの喝。

 ただ、そんな夢のように楽しい試合で唯一、小川先生から怒られたプレーがありました。

 後衛時、メグのスパイクをレシーブするために私はバックレフトに入っていたのですが、メグが打ってきたクロスのスパイクを2本続けて「アウト!」とそのまま見逃しました。その何気ない2本のジャッジを、小川先生は見逃しませんでした。

「逃げるな! あれは『アウトになってほしい』という逃げだ!」

 これはタイムアウトで、小川先生から言われた言葉。まったく自覚していませんでしたが、言われてみたら確かにその通りだ、とハッと気づかされました。怒られても強気に、その悔しさもバネにして活躍できる絵里香や未希に対しては、試合中に小川先生が叱咤することは何度もありました。でもメンタルが弱い私に対しては「加奈はヘタに言うと潰れてしまう」と、叱るどころか声を荒げることがなかった。そんな小川先生からの一喝。今もその言葉、シーンは忘れることができません。

 第3セットを三田尻に取られた後も冷静に、第4セットのラストは私がレフトからクロスにスパイクを打つも拾われ、もう一度返って来たボールをストレートへ。優勝が決まった瞬間、「やっと勝てた」と安堵して、ボロボロ涙が出ました。

「終わってほしくない」と思える試合を。

 私たちの頃の春高は3月開催だったので、その後にインターハイ、国体と、春高以上に苦しい試合や経験が数えきれないほどにありました。でも、その苦しさもすべて「よかった」と振り返ることができるのは、間違いなく春高で味わった日本一の喜びがあったから。

 現役生活を終えた今になっても、あの決勝で味わった感覚はとても尊いものです。そして、だからこそ、思うことがあります。

 当時の私と同じように春高を目指す選手、実際に春高出場を果たした選手の方々にも、その喜びを味わってほしいということ。ミスを恐れるのではなく、とにかく思い切って「決まらなくても次はもっといいスパイクを打つ」と、負の感情を一切持つことなく、目の前の1点、プレーに集中して「終わってほしくない」と思える試合を経験してほしい。

 これは指導者の方も同じです。いつも怒られてばかりいたら、きっと選手は子供の頃から憧れた夢の舞台でも「自分がやってきた最高のプレーを発揮したい」よりも先に、「怒られないように」という気持ちが先走ってしまいます。勝ちたい、と思うのは誰もが一緒。結果がすべてではなく、頑張って来た時間は本物だからこそ、みんなが誇りに思えるように。春高や全国大会、1つ1つの試合は、そんな舞台であるべきです。

【次ページ】 目に見えないプレーを言葉にしたい。

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大山加奈
栗原恵
下北沢成徳高校

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