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ラトビアでサッカー指導者を志す。
ELに辿り着いた男のシンプルな選択。 

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中野遼太郎

中野遼太郎Ryotaro Nakano

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posted2020/03/18 20:00

ラトビアでサッカー指導者を志す。ELに辿り着いた男のシンプルな選択。<Number Web> photograph by Ryotaro Nakano

ラトビア1部・FKイェルガヴァでコーチに就任した中野遼太郎。UEFA-Proライセンス取得を目指し、奮闘中だ。

移住の決め手はUEFAライセンス。

 とはいえ、とはいえです。パリやニューヨークではなく、ラトビアです。よく「住めば都」と言いますが、ラトビアは「住めばラトビア」です。しっかりそのままラトビアです。しかも僕がいるイェルガヴァは首都・リガからちょっと離れている。硬いパンとサワークリーム、冬はマイナス25度。ひょいひょいと決断するわけにもいきません。僕には家族もいますし、1歳になったばかりの娘もいるのです。初めて話す言葉が「ニホンカエリタイ」だったらどうしよう。

 熟考しました。実は最初に話を頂いてから決断するまで5カ月かかりました。

 決め手となったのは、UEFAライセンスです。

 学校の先生に教員免許がいるように、サッカーの監督にも指導者ライセンスが必要です。

 UEFAライセンスはC、B、A、Proの4段階に分かれていて、最上位のProまで取得すると、資格上はバルセロナからリバプールまで、世界中のクラブの監督をできることになります(もちろん実際にスペインやイングランド、ドイツで監督になれるかというのは全く別の話です)。

 ここでのポイントは「日本のライセンスでは欧州で指導する事は出来ないけれど、UEFAライセンスがあれば日本で指導することができる」という点です。将来的に互換性が出てくる可能性はありますが、現時点では一方通行なのです。ここに、日本の優秀な監督が世界で活躍できない理由があります。これは監督の能力以前の、決定的な制限です。現在このUEFA-Proを取得している日本人は10人未満(更新も必要なためアクティブな状態で保有している方の人数は分かりません)で、実際にProライセンスで監督業を営んでいる指導者は0人です。

指導者も海を渡るべきだ、と言うが。

 そもそもの取得人数が少ないのは、このライセンスが「継続的に海外に拠点を置きながら、外国語で講義とプレゼンを行い、どこかのプロクラブで実戦経験を積みながら、最低でも5年以上かけて取得するもの」だからです。家庭の問題、給与の問題、語学の問題を考えると、Jリーグの監督が海を渡るには障壁が大きすぎるのです。学生時代や若いうちに海外に拠点を移さない限りはなかなか厳しい条件です。

「選手の海外移籍が当たり前になったいま、次は日本の指導者が海外に出るべきだ」
という声はよく耳にしますが、そこには現実的に大きな壁が存在するのです。通訳をつければ済むというわけではありません。

 もちろん本質的な話をすれば、ライセンス自体に意味も上下もありません。それがUEFAでもAFCでもJFAでも、あらゆる免許は紙切れ同等で、大切なのはその使い方です。取得しても研鑽しないと意味がないし、それぞれに効力の差はあっても、優劣を問うものではありません。

 その意味では、本田圭佑選手の問題提起を筆頭に、ライセンスに関する議論は少しずつ広がりをみせています。しかし、制度を緩和、撤廃しても、海外との互換性が生まれるわけではありませんし、互換性があることと日本人監督の需要があることもまた別の話のように思います。日本でS級を取得するまでに並ばなければいけない長蛇の列のことを考えると、その先で指導者がアジアを超えていくには時間を使い過ぎてしまいます。

 もし将来的に海外で指導することを視野に入れるなら「いま」外に出て、現地で経験を積みながらゼロから始めることが必要なのではないかと考えました。

【次ページ】 自分にとってはシンプルな選択。

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