マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
10年で一番見たかったセンバツ。
無観客だったら伝えたかったこと。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byHideki Sugiyama
posted2020/03/13 11:00
甲子園は高校生を劇的に成長させる。その機会が失われたことはひたすらに残念だ。
無観客だったら言おうと思っていたこと。
「無観客」でも決行すると願っていた。
そうなったら、こんな原稿を書いてみようと考えていた。
たとえ「無観客」でもやる! と決まったのなら、出場する選手たちにとって、何か「良いこと」がなければつまらない。
誰もいないガランとした甲子園で「センバツ」を行って、やっぱりよかった……そんな“おみやげ”を持って帰ってほしいではないか。
ない知恵絞って考えた。
静かな甲子園だからこそ聞こえる音。
スタンドに人がいないということは、甲子園は、間違いなくシーンと静まりかえっているはずだ。
聞こえるのは、両チームの監督、選手たちが発する声。あとはせいぜい、審判がジャッジする声。そんなものだろう。
そこで「耳」を使おう。
場面の展開を見守りながら、こういう場面で、相手の監督はこういう「言葉」を発するのか。このピンチに、相手の内野手はこんな「言葉」で、揺れる投手の心を励まし、あるいは癒しているのか。
捕手から発せられるポジショニングの指示の「言葉」には、こんなバリエーションがあったのか。
耳をすまして意識を注げば、甲子園はホームベース上空が巨大な銀傘だ。グラウンドで発した大きな声は響きわたる。
いただきました! と持ち帰れば、今度はその声を、“叫び”を、自らのチームのために活用できる。ありがたく、いただいて帰ろう。