One story of the fieldBACK NUMBER
日大アメフト部の真実、その光と影(後編)
彼らは「タックル」を取り戻せたのか。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKiichi Matsumoto
posted2019/12/28 19:05
最終戦後、笑顔を浮かべる宮川泰介ら選手たち。彼らは純粋に試合にフォーカスした一方で、時代と部の変容をどう感じていたのだろうか。
大学最後のプレーは、QBサック。
12月1日、ナイターの照明と冷気につつまれた横浜スタジアムでのリーグ最終戦。
宮川泰介はタックルを求めてさまよっていた。
トップ8への昇格をかけたフィールドに立ったものの、眼前に相手クォーターバックが迫ってもどこかタックルを躊躇していた。
宮川を中心としたディフェンスラインは相手に3つのタッチダウンを奪われた。自身のサイドを破られ、試合半ばには頭を冷やして戦況を見つめるという意味で外された。
宮川も、チームも、もがいていた。
それでも彼は突進をつづけた。なにかを取り戻そうとするかのように前にでた。
残り1分5秒。
その巨体でついに相手をがっちりと捕まえることができた。正面から捕まえた。正真正銘のQBサック。そこでようやく少しだけ笑った。
それが宮川の大学最後のプレーだった。
48対27、苦しみながらも桜美林大を破ってリーグ全勝優勝。トップ8への昇格を決めた。赤と白の名門が自分たちの戦場へと戻った。
「きょうも選手たちがデザインしたプレーでタッチダウンを奪った場面はありました。自分たちの意志を主張しあえる、そういう意味で変わったのかな、とは思います。ただ自主性というのは本当に難しい……。チームづくりの難しさを痛感しました」
晴れと曇りの同居した顔で、橋詰はこの1年半をそう振り返った。
少なくとも選手が自由や意志というものに悩み、追い求める集団にはなった。
宮川もその中にいた。
あの日、監督やコーチに命じられた丸刈り頭で、相手の背中に狂進していった彼は、この夜、少し伸ばした髪で、迷いながらも自らの意志でタックルにいったのだ。
「フェニックス、ありがとう! 宮川、ありがとう!」
スタンドのOBから声が飛んだ。
「泰介さん、ありがとう!」
後輩が泣きながら抱きついてきた。
復活であり、変革である。幸せなフレーズが脳裏をよぎり、つかの間、彼らは自分たちを讃えることができた。平田も村田も、そして宮川も同じように微笑むことができた。
しかし、脈打つ痛みがある。
ただ相変わらずフェニックスに光と影が混在していることに変わりはなかった。
何も終わってはいない。いまだズキン、ズキンと脈打つ痛みがある。
宮川がそっと仲間との喜びの輪を離れた。笑みを消して、その傷へと目を向ける。
「昨年から1年間、試合に出られない。出られたとしても日本一にはなれない、そういう状況にしてしまったのは自分なので……。きょうは大学最後の試合で感じるものもありましたが、自分は涙とかそういうものを表現する立場にはないと思っているので……」
甲子園ボウルという夢を追えなかった今年の4年生たち。
そもそも試合の場すら奪われ、いまだ割れたままの昨年の卒業生たち。
そして、自責をつづけ、自らに笑うことも泣くことも許していない21歳の青年。
やはりどこからどう見ても、彼らの変革は傷だらけだった。
「自分が未熟だからなんですが、きょうも自分のプレーには納得していません。この先アメフトを続けるかもわかりません。ただ、自分がやってしまったことがなくなることはないので、責任を果たし終わることはないので、それを忘れずに生きたいです」
時代がその代償を求めるかのように。
すべてが終わり、照明の消えたスタジアム。球場をかこむ街路樹のしたでは他のメンバーが家族や恋人と笑い合っている。そのなかを宮川は独り、駅へと歩いていた。大きな背中がポツンと遠ざかっていく。
横浜の空に浮かぶ細い三日月が、そんな彼らの光と影を見下ろしていた。
宮川が本当のタックルを取り戻す日は、くるのだろうか。
フェニックスはたしかに変貌を遂げた。
ただ、組織や伝統、巨大な何かが変わるとき、時代がその代償を求めるかのように、いつもだれかが傷つくのはなぜだろう。
その傷のうえにしか変革が起こりえないのはどういうわけなのだろう。