One story of the fieldBACK NUMBER
日大アメフト部の真実、その光と影(後編)
彼らは「タックル」を取り戻せたのか。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKiichi Matsumoto
posted2019/12/28 19:05
最終戦後、笑顔を浮かべる宮川泰介ら選手たち。彼らは純粋に試合にフォーカスした一方で、時代と部の変容をどう感じていたのだろうか。
「これで全員、そろったぞ!」
夏が終わり、秋になった。
ようやく宮川がグラウンドに立つことができたのは、秋も深まり、リーグが残り2試合となった11月17日のことだった。
奇しくもあの日、あのタックルをしたのと同じ調布のフィールドであった。
不起訴処分が決まり、1年半ぶりに公式戦の芝の上に立った。みんなが彼を見ていた。いくつものカメラが追いかけた。
グラウンド脇にあるプレハブ小屋の2階、多くの報道陣を前にして、彼はやはり感情を抑制しきった表情で、こう言った。
「すべては自分が引き起こしたことなので……。チームに戻ったのも何かみんなのためにできることがあればという気持ちだったので、自分が試合に出るかどうかは大きな問題ではありませんでした」
宮川はなにも望んでいなかった。
ひとつのタックルによる「悪質」のイメージ、その切り取られた一瞬を背負って、ひたすら己の弱さと後悔と向き合う。想像を絶する日々は20歳の青年をここまで老成させた。
そうした彼の姿は、確たるゴールや目印のない道をゆく、このチームの標になっていた。
橋詰はその日、記者もカメラもいない、部外者のだれもいない、チームだけの部屋でありったけ、こう叫んだという。
「これで全員、そろったぞ!」
いったんは、もう二度とあの芝を踏みしめることはないと決意した宮川を新しいフェニックスが呼び戻したのだ。
ただ、ひとつ、橋詰にはずっと気になっていることがあった。ラストゲームを残すだけとなっても、その気がかりは消えなかった。
彼らにはもうひとつ、取り戻さなければならないものがあったのだ。
タックル。本物のタックルである。
彼らはタックルを取り戻せてなかった。
「何を躊躇しているのかわからないんですけど、どこか遠慮しているんですよ……。タックルというのはやはり痛いものでしょう。激しいものでしょう。汚いことをしてはいけないという気持ちがあるんでしょうけど、それと激しく戦うのとは全く違うんです」
彼らはタックルを取り戻せていなかった。格下が相手ということを差し引いても、その行為そのものを怖れているように映った。
「相手のクォーターバックを潰す、そういう戦術があるのも、それで日本一になったチームがあるというのも風の噂では聞いたことはあります。でもぼくにとっては他人事です。タックルは相手を潰すためにやるものではない。その上でやはりタックルは激しくなければ」
嫌でもあの日のことが頭をよぎるのだろう。それは橋詰もわかっていた。宮川を含め、自分たちは「悪質」なのか。そうではない。そう思えば思うほど衝突を躊躇してしまう。それは痛いほどわかっていた。
ただ、だからこそ彼らがだれに強要されることもなく、自分たちの意志で本当のタックルを取りもどす必要があった。だれよりも宮川がそれを取りもどさなければならないと、橋詰は考えていた。
連戦連勝のチームに指揮官の檄が飛んだ。
「お前らこんなもんちゃうやろ! もっとできるはずや! ミスしてもかまへん。激しさを見せろ。ハードにタックルしろ!」
勝っても勝っても贄田はハドルで叫ばなければならなかった。
「全然ダメだ! もっとできる! 俺たちはこんなもんじゃない!」
日本一にふさわしいチームになれたのか。
本当のタックルは取り戻せたのか。
実感のないままラストゲームを迎えた。