One story of the fieldBACK NUMBER
日大アメフト部の真実、その光と影(前編)
あのタックルが生んだ断層と空中分解。
posted2019/12/28 19:00
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Takuya Sugiyama
ただ、果たしてその過程、実態はどんなものだったのか? それを追ったのは鈴木忠平氏。清原和博や辰吉丈一郎らの今を描くなど気鋭のライターが見た、光と影――2019年を締めくくるに値する、長編ノンフィクション。前編は“青春のすべて”を失った世代の心の奥底について。
日本大学アメリカンフットボール部がフィールドに戻ってきたのは、まだ蝉の鳴き声が残っている9月はじめの土曜日のことだった。
ゲーム直前のハドルで4年生の主将・贄田時矢を屈強な男たちが囲んでいる。
「今日までいろいろなことをお前らに言ってきて、もう言うこともないんだが、ひとつだけみんな一緒に思っていることがある……」
ゲーム開始を待ちきれないというような選手たちに主将が叫んだ。
「あいつら倒して! ビッグ8倒して! トップ8倒して! さっさと日本一いくぞ! 今日はその偉大なる一歩だ!」
赤と白の戦士たちが激しく呼応する。
あのタックルから1年半、フェニックスにとって復活の道がはじまったのだ。
彼らをテレビやスチールのカメラがとり囲んでいた。学生フットボールのひと試合とは思えない雰囲気だ。 スタンドは、やはりこの日を待っていたOBたちで埋まっている。
キックオフが近づくとフィールドの上空は、雨が上がり、明るくなってきた。これから光にむかっていくチームにふさわしい光景だった。
「僕らの世代の人間はおそらく……」
ただ、いざゲームが始まってみると、すぐに彼らの道が光ばかりに包まれているわけではないことに気づかされる。
まず宮川泰介がグラウンドにいない。
4年生になり、髪の伸びた彼はあの日と同じ91番をつけていたが、立っているのはピッチの外だった。紙をはさんだバインダーを手に、戦況を見つめながらそこにペンを走らせていた。
まだあの事件の起訴処分が決まっていない彼はゲームには出ない。出られない。
青山学院大との秋季リーグ開幕戦はみるみるうちに大差がついたのだが、フェニックスの選手たちがそれを喜んでいる様子はない。むしろ「俺たちこんなもんじゃねえだろ!」と怒鳴り合っている。
あの事件によって、それまでの一部リーグ「トップ8」から実質二部に相当する「ビッグ8」に降格となった彼らは、創部以来はじめて自分たちの戦場ではない場所にいなければならなかったのだ。
大勝のあと、選手たちがスタンド前に整列した。彼らに向けてOBたちが校歌を響かせる。
けじめと再出発の空気が満ちた、そのなかにも違和感はあった。
この日は、まだ学生然とした若者から老の域になろうという年代まで、何世代もが駆けつけていたのだが、そこに2018年度の、つまりあのタックルが起こった年の4年生の姿はスタンドに見当たらなかった。
「僕らの世代の人間は、おそらく来ていないと思いますよ……」
そう言ったのはアシスタント・マネジメントコーチを務める平田航暉だった。
彼は2018年度の4年生であり、この2019年は大学院に進むかたわら、スタッフとしてチームに残っていた。
彼と選手は、明らかに温度が異なる。
ずっと待ち望んでいたはずの勝利の夕暮れに、彼はどこかこわばったような顔をしていた。
ユニホームをまとった選手たちとは明らかに温度が異なっている。
「正直、みんなが(公式戦復帰を)喜ぶ姿をまともに見られませんでした……。今日の試合を迎えるにあたって、今のチームや監督や宮川がどうということではなく、個人的にただただ悔しいです。もちろんこのチームの力になりたいという気持ちはあります。でも、去年の出来事を忘れるとか、プラスに考えるということは一生できないと思います……。人間って、嬉しいとか、悲しいとか、心がひとつの気持ちだけになるということってないじゃないですか」
彼の正直な告白が、その場にある多くの違和感を説明していた。
彼らはあのタックルによって、最終学年の4年時に公式戦に出ることができなかった。限られた学生生活の集大成を失った世代だ。
外から見えないところに彼らは断層を抱えていた。
復活というフレーズに照らされたフェニックスの道は、光というより、むしろ多くの影を内包した、先行きの見えないものだった。