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「楽しんできます」はどうして妙か。
アスリートの抱負の聞き方、答え方。
text by
堀井憲一郎Kenichiro Horii
photograph byAFLO
posted2019/11/17 11:00
出発するアスリートに意気込みを聞く、というやりとりは定例になっている。その応答もアップデートしたいものだ。
「楽しんできます」の省略された部分。
また、「楽しんできます」は、かなり略された言葉である。
「最高のパフォーマンスを出すために、その場ではリラックスすることが大事です。だからパフォーマンス中に楽しいとおもえれば成功です。全生活を注ぎこんできたこの競技で、みなさんの期待に応えるようないい成績を出すには、『楽しい』と感じることが大事だとおもっています。だから、楽しんできます」
たとえばそう説明してくれたら、みんな納得する。でもそんな長いコメントをする時間もない。短く「楽しんできます」とだけ答えてしまう。なかなか伝わらない。
「楽しんできます」という答えが合っている質問は、「新婚旅行はハワイですか?」とか「本場のディズニーランドに行くんだって?」というような質問である。仕事ではなくてバカンス、完全な休暇を過ごす人が言うと似合う回答だ。空港でその言葉を聞くと、だからより違和感を抱きやすい。
最初は、気が利いた便利な言葉だった。
誰かが初めてこの受け答えをしたときに(何となく1990年代のようにおもう)、アスリートたちは、なんか気が利いて、便利なセリフだとおもったのだろう。
うまくかわした言葉である。人をあまり傷つけないし、言ってる本人の品格もさほど問題にされない。
ただ、定番化してしまうと、みんなが言うのを真似ているだけになってしまう。
気が利いてるとはおもわれない。何も考えてない人に見える。
こう言っておけばいいのさ、という空気が漂うと、アスリートたち全員が“勝手に期待する人たち”を拒絶してるかのようだ。気持ちはわからなくはないが、なんか“世間ずれしてしまった古い魔法”をふりかざしているようで、ちょっと悲しい感じがしてしまう。
むずかしいところである。