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井上尚弥とドネアの12ラウンド。
裏切られた期待の先にあった奥深さ。
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2019/11/08 12:00
右まぶたをカットするアクシデントも乗り越え、3-0判定勝ち。百戦錬磨のドネア相手に「強さ」を見せつけた12ラウンドだった。
「出だしの手応えが良すぎた」
緊迫感の中、井上は自信を深めていた。
「(相手のパンチは)ブロッキングで何とかなるかなと思った。出だしの手応えが良すぎた。速く踏み込めばわりと対応できるかと思った」
感覚的には想定以上の好スタート。落とし穴があったとすればそこだった。2回、予期せぬアクシデントがゲームプランを打ち砕く。攻勢に出ていたはずが、ロープにつまったところで顔面を痛打された。
ドネア=左フック。何度も反芻し、最も警戒してきたはずのそのパンチで右のまぶたから血が流れ出した。みるみる視界が崩れていった。
「フェイントからのあの左フックはうまかった。完全にボディーにくると思っていた。あれをもらって全てが狂った。そこから12ラウンドまで相手が二重に見えていた」
まず足を使い、ジャブを突き、リズムを立て直した。右目の視界は戻らない。それでも5回には右ストレートを炸裂させてドネアをぐらつかせるなど、スピードで上回って主導権は握り続けていた。
「自分やセコンドの中では7、8ラウンドに入るまで、ポイントは取っていた。だから捨てるラウンドも作って、残りを取っていこうと思った。右目が全然見えなくて、その状態で不用意に打てば左フックを合わせられるから右ストレートも打てない状態。だったらポイントアウトしようという作戦に切り替えた」
冷静である。だが、はたから見ていては、それが即座には分からない。
長期戦で問われた真価。
7回から突如訪れた井上の劣勢。続く8回もドネアのパンチがよく当たった。残り20秒、たまらず尚弥コールが起こる。その声の響きはもはやKOを期待するものではなく、ここで背中を支えなければ井上が崩れ落ちてしまう。そんな悲痛さのこもった声援だった。
9回にはさらに危険な場面。ドネアの右ストレートに腰が一瞬落ちた。慌ててクリンチにいこうとする井上。これまで見せたことのない姿だった。
井上はWBSS1回戦でファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を70秒、2回戦もエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)を259秒でマットに沈めてきた。最後に7ラウンド以上を戦ったのは3年以上前にさかのぼる。長期戦でどうなるのか。もし井上の強さで証明しきれていない部分があるとすればそこだった。