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井上尚弥とドネアの12ラウンド。
裏切られた期待の先にあった奥深さ。
posted2019/11/08 12:00
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph by
Hiroaki Yamaguchi
僕らが期待していたのは何だっただろう。
試合2日前の会見で井上尚弥は言っていた。
「自分にかけられている期待は感じている。求められているものを重々承知した上で持てる力を出したい」
最も安い席でも1万円するチケットがソールドアウト。さいたまスーパーアリーナは2万人超の大観衆で最上階まで埋め尽くされ、普段から井上戦を中継するフジテレビのみならず、NHKまで生中継に乗り出した。それだけのビッグマッチだった。
117-109、116-111、114-113。3-0の判定勝ち。
戦い終えて井上はリング上で言った。
「期待してもらっていたようなファイトは正直できなかったと思う」
だが、その言葉を聞く総立ちの観衆に不満げな表情はひとつもない。会場を訪れた元世界王者たちは感嘆し、観戦した多くのVIPがその戦いを称賛した。
僕らが見たものは何だっただろう。
井上は何ラウンドでKOするか?
「最強決定トーナメント」と銘打たれ、精鋭8人により争われるワールドボクシングスーパーシリーズ(WBSS)。バンタム級の決勝戦は、まだ底の見えない強さを誇る井上尚弥と軽量級で一時代を築き、日本でも人気の高い5階級制覇のノニト・ドネア(フィリピン)の対戦だった。
戦前の話題はもっぱら井上が「何ラウンドでKOするか」。強豪相手に早いラウンドでのKOを繰り返してきた26歳は、『リング』誌の選ぶパウンド・フォー・パウンド(PFP、全階級を通じての最強ランキング)で4位につけている。それに対し、かつてはフロイド・メイウェザー(米国)、マニー・パッキャオ(フィリピン)に次ぐPFP3位にいたドネアも、もう36歳。いかにスーパースターといえども盛りは過ぎた。さらに高みを目指す若き“モンスター”の踏み台になるのは避けられない。そんな見方が大勢だった。
1回。どちらかがパンチを繰り出すたびに、それがガードの上を叩いたとしても、大きなどよめきが上がる。井上には文句なしのパワーがあり、ドネアにも幾多の強豪を屠ってきた必殺の左フックがある。そのひとつでも当たりさえすれば、あっという間に試合が終わる可能性があることを誰もが分かっているのだ。