スポーツ・インテリジェンス原論BACK NUMBER
イングランドはなぜ敗れたか。
エディーを飲み込んだラグビーの力。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byNaoya Sanuki
posted2019/11/09 20:00
ラグビーへの愛が充満したW杯で、イングランドだけが異なる戦い方をしていたと考えることで見えてくるものがある。
イングランドだけは美しくなかった。
勝つこともあれば、負けることもあるさ。
終わったら失望を隠す必要はないけれど、笑顔で相手とハグして、握手する。
一時期、「ノーサイド」という言葉は日本でのみ定着している言葉だし、使うのはやめようかと思っていたことがあった。
しかし、W杯日本大会を取材し終えて、この和製英語はラグビーという競技の本質を突いていたのだと感嘆した。
私が見た限り、イングランドだけは美しくなかった。
唯一、負けを受け入れることが出来ないチームだった。
南アフリカの選手たちは、人種問題というセンシティブで、重要な問題を背負って戦った。イングランドは勝利を至上命題とした。
国家の課題と、勝利。
背負うもののスケールの違いがそこにあったが、集団としての成熟度にも濃淡があったのかもしれない。
今回に限って言えば、エディーさんのチームはビジネス的なアプローチで決勝まで駆け上がったが、それはそのチームの限界をも内包していたことになる。
つまり、負けを受容する「土壌」が貧しかったのではないか?
そんな気がしてならない。
エディーさんは涙を見られたくなかった。
ただし、エディーさんがビジネス的なアプローチ一辺倒かというと、そんなことはない。4年前の日本代表は、「情」に厚いチームだった。
戦いが終わって帰国前、最後のミーティングがホテルで行われた。エディーさんはこう言った。
「私の仕事はもう終わったので、もう話すことはありません」
そう言って選手、スタッフにその場を譲った。
心のこもったスピーチが続き、涙があった。リーチマイケルが話そうとしたとき、彼は信じられないものを見たという。
「エディーが部屋のいちばん後ろに立って、泣いてたんですよ。『マジ?』と思って、びっくりしちゃって」
エディーさんは涙を見られたくなかったのだ。
エディー・ジャパンも間違いなく成果主義のチームだった。スタッフにはスピードと正確さが求められた。夜中に宿題が出され、それは翌朝のスタッフ・ミーティングまでに解決されなければならない。取材で聞く限り、ブラックな職場である。
選手たちも追い込まれた。今大会、大活躍を見せた福岡堅樹はこう話してくれた。
「今までの人生で、一度だけラグビーをやめようと思ったのは、4年前の合宿で、エディーさんから厳しい言葉をかけられた時です」
成果主義だけに、自分の期待値に到達しない選手に対しては、手のひらを返してきつく当たった。
選手はそれに反発し、独立心を養い、最終的にはW杯で歴史的な功績をあげ、指揮官の心をも揺さぶった。エディーさんにとっても大切なチームだったのだ。
それを感じたのは、インタビューした時に、大会直前にメンバーから漏れた選手の話になった時だ。
「村田毅(当時はNEC。現・日野所属)は本当によく頑張ったようですね」
と話すと、エディーさんは急に涙を浮かべてこう話し出した。
「まったく、その通りです。村田はすべてを捧げてくれましたが、第三列の競争が激しかったのです。本当に彼は成長したんですよ」
エディーさんは日本代表にどっぷりとつかっていたし、だからこそ、2015年の日本代表は胸を打ったのだ。