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巻誠一郎は経営者で、監督修行中。
引退後のアスリートに何ができるか?
text by
寺野典子Noriko Terano
photograph byIchisei Hiramatsu
posted2019/08/24 11:50
引退後、精力的に全国各地を飛び回る巻誠一郎。現役時代と同じく、エネルギッシュに人生を過ごしている。
「社会のためになること」という軸。
「なんでも屋」と自称するが、自分がやりたいこと、やるべきことを見極めてもいる。大切にするのは「社会のためになること」だ。そんな想いを強くしたのは、意外にもロシアと中国での経験だった。
「最初、ロシアのペルミという町へ行ったんですが、日本人が僕ひとりしかいない。日本語が話せる方を探すのも大変でした。ロシアでも中国でも、僕のことを知っている人はまずいない。そういう環境に立たされたときに、自分は今までどれほど恵まれた環境にいたのかと痛感したんです。
同時に、僕はいろんな人に影響を与えられる立場でもあると改めて思いました。プロサッカー選手はピッチ上でのパフォーマンスがもっとも重要な務めです。でも、それ以外の場所でもプロサッカー選手には『価値』があり、それはとても貴重なものなんだと気づいた。だからこそ、もっと社会と関わりたいし、世の中がよくなることに携わりたい。少しでも誰かの力になれるのなら、その手伝いをしたいと思うようになったんです」
日本ではサッカー選手に限らず、プロアスリートやオリンピアンなどのスポーツ選手に金メダルなどの結果だけを求めがちだ。目覚ましい結果をもてはやすぶん、アスリートとしての別の価値については、関心が低いのかもしれない。
しかし、日々自身の目標を追求しているアスリートの中には、社会で自分の価値を活かす方法について考えている人もいる。
「東京や関東など大都市には、アスリートに対する理解者も多く、その価値は確立されている。だけど熊本など地方都市ではまだまだその価値への理解者は少ない。それをどうにか変えたいと思い、動き始めたあとに、熊本地震が起きたんです。
まずは知人、友人、近所の人を助けようというスタンスから始まりました。そのうちに『いっしょにやりましょう』『困っています』という声が届き、それに応えたいと思った。自分ができる範囲でという気持ちから、どんどんいろんなものを巻き込んで、ひとつがふたつになり、ふたつが10個になり、大きく波及したんです」
アスリートの知名度以外の価値は?
2016年春、いちはやく募金など支援活動に尽力した。彼の社会貢献活動の根っこは震災にとどまらず、海外での体験で得た「アスリートの価値」を意識することだった。
プロアスリートの価値は、知名度の高さが1つの指標となるが、それ以外に何があるのか。サッカー選手についてのケースを訊いた。
「集団スポーツであるサッカーで選手として生き残っていくためには、『問題提起』、『問題解決』の能力がないといけない。それが養われる仕事だと思っています。問題というのは試合中に起きる事象でもあり、たとえば試合に出るために、自分がこの組織で活かされるためにはどうすべきかというところでもあります。プロサッカー選手は、その問題に対処する能力が極めて高い。
ただ、それをサッカー以外の分野に変換する応用性が足りないんじゃないかとも感じています。そこが養われれば、どんな分野でも活躍できるはず。そのうえで、社会と繋がる意識を持ち続けていくべきです。ピッチ外の行動ではなくても、ピッチ上での自分のプレーが社会にどんな影響を与えているのかと意識するだけでも違うと思います」