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鈴木桂治、7年ぶり復活のち引退。
生涯柔道家として「100点」の戦い。

posted2019/06/17 11:00

 
鈴木桂治、7年ぶり復活のち引退。生涯柔道家として「100点」の戦い。<Number Web> photograph by AFLO

小外刈りや大外刈りを得意とする鈴木は、勝利した4戦すべてで一本勝ちを収めた。

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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 先日行なわれた全日本実業団体対抗大会は、いつもとは異なる側面で注目を集めた。男子第3部に出場した国士舘大柔道クラブの一員として、鈴木桂治が参加したからだ。

 実に約7年ぶりの公式戦出場であったし、鈴木のかつての存在感もあいまって、脚光を浴びることになった。

 肝心の結果はと言うと、初戦から決勝まで6試合を戦い、4勝2分け。チームの優勝に大きく寄与したこともあいまって、鮮烈な印象を残した。

五輪金メダルなど一時代を担った。

 鈴木は、まぎれもなく、一時代を担った柔道家であった。

 もともと100kg級だった鈴木は、 2004年のアテネ五輪で100kg超級に階級を上げて出場し金メダル。世界選手権では2度の金メダルに輝いた。2003年の大会では無差別級で、2005年には100kg級での優勝で、オリンピックと世界選手権を合わせて、男子では初めて3階級を制覇した選手でもある。

 さらに、全日本選手権でも4度の優勝を果たしている。最後の優勝は30歳のとき。息長く、第一線で活躍した柔道家でもあり、100kg級では井上康生のライバルとして、何度も好勝負を見せた。

 鈴木がその立ち位置から退いたのは2012年のこと。ロンドン五輪出場の可能性が潰えると、7月に母校の国士舘大学柔道部監督への就任とともに、国際大会から退くと発表したのである。

 指導者としての人生を歩み始めたその4カ月後、日本代表のコーチに就任し、100kg級、100kg超級を担当。井上日本代表監督とともに、課題となっていた重量級の再建を担う立場となった。

【次ページ】 「出場できる大会には出場したい」

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